昨日(3/12)、「関西洋風建築めぐり講座」で京都市左京区の吉田山界隈に行ってきました。
ふと気が付くと講座の記事は久しくアップしていませんでした。前回は昨年11月の明石市大久保の安藤邸。講座そのものは安藤邸以降、昨日までに12月度・2月度の2回あったのですが(1月はお休み)、アップするタイミングを逸してしまったのかな?あるいは、正規の講座以外に有志で行ったものがあったりして(がんこ石橋苑)、そちらの方に意識が行ってしまったのかもです(汗)。
今回の見学先は、「茂庵」、「赤銅(あかがね)御殿I邸」、「旧亀岡末吉邸」などでしたが、講座の前に有志で京大北門前の「進々堂」で名物のカレー他の昼食を頂いたりしました。
進々堂




昼食後、集合場所である「茂庵」に向かう道中で見つけた「京大人文科学研究所」の遠望。おおーっと思うびっくりの&素晴らしい眺めでした。

「茂庵」は吉田山の山頂(に近いところ?)にあり、今の私にとっては「ひえーっ!」と思うような階段や段差の多い難路を登って行きました。手すりは殆どと言っていいくらい無いので、仲間の皆さんに色々サポートして頂きながら、杖を使いつつ坂道にトライです。講座では毎回ホントに鍛えられます(笑)。

茂庵です。写真や説明文は後から少しずつ追加予定です。と言いながらそのままの記事が何とたくさんあることか。。。


※3/14追記~川島先生のレジメより~
吉田山山頂にある茂庵とは、大正時代に茶室8席、月見台、楼閣など一群のひとつとしてつくられたもので、この建物は当時食堂であった。2階建て寄棟造で、軸組や外壁は丸太からなり、東側は壁面が後退させられ、懸造りを示す。このように野太い力強さが演出される一方で、2階は全面が開口部となり、モダンデザインに通ずる開放感が現れていた。そこでは天井は設けずに束立ての小屋組みを見せる。いわば外観は野太い野趣が勝ち、一見物置小屋風を気取るが、多様な意匠が混在している点に特徴がある。その他に、田舎席、静閑亭、待合などがある。
建設主は文久3~4(1864)年に八瀬大原に生まれた谷川茂次郎である。谷川は大阪で新聞用紙を中心に扱う運輸業を興す。現在の谷川運郵倉庫株式会社である。事業に成功した茂次郎は、取引先の製紙会社社長のすすめで茶道を始め、裏千家に入門し茶道を親しむ。そして今日庵の老分(長老)となる。京都赤銅御殿の建設主であった。
茂次郎の没後、数十年間封印されていたが、近年茂次郎の雅号「茂庵」を店名としてカフェが開店した。なお、平成16(2004)年「登録有形文化財」となった。
次に我々は「京都赤銅御殿の一群」の見学に向かいました。
(進々堂、茂庵、あかがね御殿I邸、旧亀岡末吉邸、藤井厚二設計住宅、上西邸)