遅めの昼食を終えたのが14時前です。
天気もいいですし、東岡崎の中をもう少し回ろうか、豊橋に早めに移動しようか等ちょっと迷いましたが、shortwoodさんのブログ”かどの煙草屋までの旅”にアップされていた旧日清紡績針崎工場竜城学園講堂(愛知県立旧愛知第二中学校講堂)まで自転車を駆って往復することにしました。場所はJR岡崎駅の近くで、結構な距離があります。
どこにあるのかちょっと探したりして自転車で片道30分近くかかったでしょうか、閑静な新しい住宅街のはずれに明治建築がありました。ブログやHPの写真は見ていましたが、その古色蒼然とした佇まいにビックリです。



同講堂が建造されたのは1897(明治30)年。建築面積347平方メートル、木造平屋建ての寄せ棟造りで瓦ぶきになっている。旧制愛知二中(現、岡崎高校)の講堂として建てられたが、同校が戸崎町から明大寺町に移転することになり、日清紡が1925(大正14)年に講堂を買い取り針崎工場に移築。以来、同工場の社員教育を行う竜城学園の体育館や式典などに利用されていたという。2008年同社が針崎工場跡地を宅地分譲することとなり、現在は岡崎市が所有管理している。
外壁はドイツ下見板張り。18世紀にアメリカで流行したジョージアン様式を基本にしながら、19世紀に同国で流行、下見板の地に縦材・横材が棒のように浮かび上がるスティックスタイルとなっている。明治政府が北海道開発のためにアメリカから招いた技術顧問団が取り入れた「下見板コロニアル」と呼ばれる。玄関の車寄せは菱組天井が施されており、南洋植民地での強い日差しを遮るベランダコロニアル様式も見てとれる。
さまざまな西洋建築の特徴が共存するだけでなく、天井が格(ごう)天井で、独立柱との間の柱頭飾りには日本の伝統的な社寺建築の組物に見られる「大斗」の意匠が混在している。
(岡崎経済新聞記事より)
新しい街並みと明治建築の取り合わせに不思議な気持ちを抱きながらも、周囲をじっくりと歩いて写真を撮りました。ときどき通りかかる車もこの建物には気をひかれるのか、前を通るときはみんなスピードを落とすようです。
やはり正面玄関・車寄せが見ごたえあり。



下の写真で真ん中の窓は後から開けられたのでしょうか。
顔のようにも見えるのが面白いです。
背面に飛び出ているのは奉安殿(奉安所)のようです。
外壁の傷みなどが気になりますが、登録文化財になる(なった)ようですし、これからも大事に保存して頂きたいものです。
自転車を返すために東岡崎まで長躯戻らねばなりません(汗)。
その途中に少し立ち寄った「服部工業記念館」です。遠目にしか見えませんでしたが、こちらは美しく維持されているようでした。

