アーツ&クラフツ展の続き、三国荘の建築についてです。この日の午後から建築史家の川島智生先生による特別講演「三国荘の建築」があったため、その予習としてまず3階・企画展の中の「三国荘」二間の再現展示をじっくりと見ました。ちなみに、この展覧会のチラシを見るまで、「三国荘」の名前は見たことも聞いたこともありませんでした。「民芸建築」という言葉を知ったのも今回が初めです。

以下は、展覧会図録についていた解説および川島先生の論考、”最初の「民藝館」三国荘-「民芸建築」の出発点-”、プラス講演で聞いた内容に基づいています。細かい誤りはご容赦のほどを。。。

Mikunisou1 「三国荘」とは・・・

1928年に東京・上野公園で開催された御大礼記念国産振興東京博覧会の展示館として建設された我が国初の「民藝館」が、会期後に内部の作品ともども大阪・三国の山本為三郎邸の敷地内に移築され、「三国荘」と名付けられたものです。この民芸館の建設には民芸運動を担った柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司、黒田辰秋、高林兵衛らが関わり、幾多の作品も出品されました。

今回、この「三国荘」(みくにそう)のうちの応接室と主人室の二間が再現展示されたものです。

先に挙げた名前でかろうじて知っていたのは、柳宗悦、河井寛次郎、黒田辰秋ですが、作品を見てなーんとなく河井・黒田作品がそれらしいなあと分かった程度の知識レベルです。建物というか内部空間については、和風をベースにそれが伝統美を保ちつつもデザイン的に洗練され、そこに中国風と朝鮮風が微妙にミックスされた感じがしました。洋風の影響については、テーブルと椅子(by黒田辰秋 透かし彫りなどが絶品!)、暖炉(by濱田庄司)、建具(障子など)にそれを感じましたが、全体的にはやはり和のテイストが濃厚でした。ただ、落ち着いた中にも明るさ、洗練さ(?)、デザインの斬新さが感じられ、素晴らしい空間を形成していると思いました。中に入りたかったなあ。。。もちろん、中に入ることや展示物に手を触れることは禁じられています。しかし、同じようなことを感じる人が多かったのか、中に身を乗り出してセンサーの検知に引っかかりブザーが鳴り響くことが何度もありました。その気持ち、よーく分かります。

川島先生の講演は、私がこれまでに全く聞いたことがない内容で、とても面白くかつ奥深いものでした。当日は睡眠不足気味だったのですが、あまりの知らなさにかえって目が爛々となってしまいました。乏しい知識と当日のメモから印象的だったことをピックアップしてみると、

  ・田舎の民家というよりも、建築家の手によらず、一般的な住宅を
   ベースに洋風のエッセンスや朝鮮・中国のデザインを加味。
  ・建築としての最大の特徴は「建具」にある。欄間・障子などに
   中国風・朝鮮風の意匠が凝らされている。
  ・正式な図面がなく、高林ノート・高林スケッチと呼ばれるスケッチや
   図(今回初出)をもとに造られた模様。
    ----これが実に素晴らしかったです。桟の図柄なども丁寧に
      描かれています。
  ・応接室(洋)と主人室(和)には28cmの段差があり、椅子に座った
   人と畳に座った人の目の高さを合わせる工夫がなされている。
   ----聴竹居と同様
  ・西村伊作のスケッチ「明星山荘」(未完)とよく似ている。
  ・民芸建築=郷土建築とも言え、江戸期に完成したスタイルと
   考えられる。
  ・基本的には新築。
  ・高林、濱田、河井にはそれぞれお抱え大工がいて、自分たちの
   考えをうまく実現することができた。

  <質疑の中で>

  ・文人趣味と言えるか。
  ・濱田は民家風、柳はもう少しハイカラ。
  ・戦後の民芸建築は和の要素が殆どだが、戦前の民芸建築には
   もう少し洋風味が強かったのではないか?また、戦後のものは
   移築が殆どで新築が少ない(ない?)。
  ・実測調査をしたところ、995ミリという関西間(京間)ではなく、
   910ミリの標準寸法だった。
  ・近年は民芸館があまり作られなくなった。古い蔵や民家の移築
   だけでは飽きられてきたことなどが理由か。もう一つの理由は
   聞き逃し。しかし、その一方で、民芸居酒屋などは人気がある。
  ・新築と移築・再生は分けて考えるべきではないだろうか。
  ・大工の棟梁さんたちには柳宗悦の思想などが伝わっている
   のではないか。しかし、それが運動という形にはなってないとも
   言える。

などなど。書き出せばきりがありません。

今回の展示にはなかったサンルーム・子供室の写真を見ると、ひし形桟のガラス障子の感じなどが吹田の西尾家住宅の洋館に似ているなあと思いました。やはり、武田五一とも接点があるということでしょうか。

講演の参加者には民芸関係の研究家や愛好家が多数おられたようで、質問内容も専門的なものが多かったです。なお、三国荘の建物は現存しているそうです(川島先生が1998年に発見)が、現在は一般の住宅として使われているようです。

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川島先生、貴重なお話をありがとうございました。素晴らしかったです。

P.S.展示会場でのレクチャーがあればより一層理解が深まったと
    思いますが、約100名という大人数でしたし、他の観覧者も
    多数おられたので、それは難しかったんでしょうね。