土曜日、「阪神間都市と建築の会」の【酒造都市・西宮の建築と景観】見学会に参加しました。これは、いつも「関西洋風建築めぐり」講座でお世話になっている川島智生先生が主宰されている集いで、今回は久々の開催だったそうです。

常連の方に加えて、「関西洋風建築めぐり」講座メンバーも家族の方を含めて計7名が参加。学生さんも交えて総勢約20名で、なかなか賑やかなメンバーになりました。集合場所の阪神・香櫨園駅はかつては素晴らしい駅舎だったそうで、建て替えられてしまったことが惜しまれるとのことでした。当時使われていた駅名の文字がモニュメント的に飾られています。アール・ヌーヴォー風のお洒落で美しい字体です。

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さて、夙川公園沿いに西宮砲台のある浜を目指します。途中に小さな橋が幾つかかかっていますが、それぞれ表情が異なっており風情があります。雨にぬれた緑や石垣や石組みがしっとりとした情景を生み出していますね。この日、もう一人のナビゲーター・Kさん(ランドスケープ・デザイナーにして幼稚園で教員をされているそうです)が夙川公園について色々説明されたのですが、いつの間にかグループが大きく2分されてしまい、前の方にいた私はそのお話を聞けずちょっと残念でした。

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西宮砲台です(国指定史跡)。幕末期、国防のために勝海舟の建議を入れて築造されたもので、慶応2年(1866年)完成。同様のものでは和田岬砲台も現存していますが、そちらは三菱重工の敷地内にあるため、一般の人が目にするのはなかなか難しいようです。

かつての土塁であった松林の向こうに建つ砲台は結構大きくて(石造三層で、内径約17m、高さ約12m)迫力があります。2階にあたる部分には砲眼11個、後方の陣からの合図確認用窓1個が開かれていますが、完成後の試射で内部に硝煙が充満し実用には適さなかったため、結局実際に使用される機会はなかったそうです。

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今回は特別に砲台内部も見学させて頂くことができました。解説は西宮市教育委員会の(?)西川さん。内部から見ると、石造ということがよく分かります。荒々しい感じですね。

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内部は、明治期の火災、昭和9年の室戸台風などで傷んだこともあり、昭和49~50年に倒壊防止を目的として鉄骨を用いた補強工事がなされました。その後の大震災では見事持ちこたえたそうです。また、元々基礎工として打ち込まれた1000本以上の松杭によって、不同沈下もないとのこと。凄いですね。内部には砲身冷却用の井戸が掘られていたそうで、その跡が残っていました。

施工は日本人のみで、外観などはどこか外国のものを参考にしたと思われますが、はっきりしたことは分かっていないそうです。また、「勝海舟はどこまで本気だったか・・・。海から砲台が見えることだけを狙った可能性もあるかも・・・」といったお話も面白かったです。川島先生からは、ウィーンに同様な円形の砲台が多数あるとも伺いました。ウィーン旅行をしたとき、それらのことは全く考えるというか想像したことがなかったですけれど。

その他、配付資料をベースに色んな説明を伺ったのですが、書き出すときりがなく、ここでは割愛させて頂きます。今回の見学で、幕末期に日本人の手によってこのようなものが築造された凄さを実感することができました。以下、街あるき・見学は続きますが、別記事としてアップしたいと思います。

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