向かうは、『ニャティヤ洞』
太平洋戦争で唯一地上戦が行われたのが「沖縄」!
「伊江島」もその例外ではありませんでした!
この「ニャティヤ洞」は、別名「千人洞(ガマ)」とも言われ、防空壕として使われました!
以下は、伊江島出身の民謡唄者「知念こずえ」さんの「ガマ体験」についてのブログからの引用です!
『狭い入り口から、中に入ると、真っ暗で何も見えません。
戦闘機が「ゴーーーっ!!」と物凄い大きな音で地上を飛び回る
敵が来ないように、みな息を潜める。
食べ物もない。水もない。
トイレは勿論ない。
実際には、血や汗、汚物の臭い、土の臭いなどが混ざり、相当な悪臭だったそう。
戦争を体験した方は、あの独特な臭いは一生忘れられないそうです。
赤ちゃんが泣かないように、排便を口の周りに塗って、舐めさせていた話も聞きました。
泣き出す子供はガマの外に出される。
もしくは、兵隊に殺される。
兵隊に追い出され、ガマにさえ入れてもらえない人もいた。
一人の泣き声が、みんなの命取りになる。
母親は、赤ちゃんの顔を胸に埋めて、息が出来ないようにした。
母親の腕の中で、静かに小さな命が消えた…。
この世には、命より大事な物はないと思う。
でも、70年前は違った。
国の為に命を捧げる事が名誉であり、天皇陛下の教えであった。
今でも沖縄には基地がある。
沖縄には、戦闘機が当たり前のように、毎日沢山空を飛んでいる。
自分が生きてる間、幸せならいいや~なんて思ってたけど、子供達、そのまた子供達の未来が心配でなりません。
後50、100年後は何が起こるかわからないですもんね…。
私なら、自分の命さえ守れるかわからない状況で、子供を育てるなんて出来るのか。。
ガマにいる、たった3分間の間、色んな事を考え、涙が溢れました。
3分も耐えられないのに、これが何ヵ月も続いたと思うと、気が狂いますね。
必死で生き抜いて来た、おじい、おばあ達、命を繋いでくれて、ありがとう。
改めて、平和な日々に感謝。
戦争って怖いなと思いました。
私も、命の大切さを伝えていきたいと思います!!
「ヌチドゥタカラ」命こそ宝☆』
沖縄の方たちは、常にこのような悲惨な想いを、心に留めて生きているのです!!