命に限りが見えるなんて思いもしなかった…。
「余命半年です」
衝撃の一言だった…。
それは数年前の出来事…。
嫁父の体調がすぐれなくて病院へ検査に行った。
家族が呼ばれ、医師に告げられる。
「癌の転移がはげしく、手の施しようがありません。」
まさに衝撃を受けた。
当時、嫁父はまだ65歳。
やっと自動車修理工場を畳み、余生を楽しもうとしていた時だった。
相談した結果、嫁父には病状は伏せる事にした。
そこからが格闘の日々だった。
悲しみとの戦い。
日に日に悪化する病状との戦い。
僕達夫婦は嫁実家に泊まり込み、
毎日病院へ顔を出す。
やがて脳にまで転移し、言動や行動に支障をきたし始めた。
その時の嫁母の決意に涙が流れた。
「こうなったら、とことん看護しよう!」
悲しみが吹っ切れた。
嫁母は毎日病院に通った。
僕も仕事帰りに毎日お見舞いをした。
本当に休まず毎日お見舞いした。
それでも日に日に悪化する病状は止まらなかった。
終いには手の施しようが無いからと、強制退院させられた。
モルヒネ的な強烈な痛み止めまで処方されていた。
それでも痛みは治まらず、何度もうめき声をあげていた。
有る夜、嫁父が今までとは違う感じだった。
痛みに耐えながら、嫁母、嫁兄、嫁、そして俺の名前を叫んだ…。
その後、痛みが激しくなり救急車で緊急搬送…。
またしばらく入院生活が続いた…。
ある日いつものようにお見舞いに行くと、
明らかに様子がおかしかった。
その様子を見てみんな覚悟したように思えた…。
別れはあっけなく訪れるものですね。
でも医師の予想を覆し、嫁父は一年近く頑張りました。
悲しいけれど、ここで俺が泣いちゃいけないと思った。
葬儀も終了し親戚が嫁実家に集まり、
別れを偲んで献杯する。
飲んだ。
同時に思い出があふれ出てくる。
普通の義理の父との関係とはかなり違うと思う。
一緒にいろんな車をいじった。
マフラー交換もした。
俺がダウンサスを買ってきた時、
笑顔で無言で、いきなり一巻カットした嫁父。
一緒にパチンコも行った。
悪い兄貴みたいな存在だった。
そんなことを思いながら、ふとトイレに立つ。
廊下に出ると無意識に号泣していた。
結構悲しかったからこの辺で止めとこう。
人の命には限りがある。
だから今を精一杯生きなきゃいけない。
妥協しちゃいけない。
そう自分に言い聞かせる。
野生の狼みたいな目つきに
返ろうと思う今日この頃