命の限り | hiro_vicious13の徒然ブログ

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徒然なるままに
心に映りゆく由無し事を
そこはかとなく書きつける

命に限りが見えるなんて思いもしなかった…。



「余命半年です」

衝撃の一言だった…。


それは数年前の出来事…。



嫁父の体調がすぐれなくて病院へ検査に行った。

家族が呼ばれ、医師に告げられる。

「癌の転移がはげしく、手の施しようがありません。」

まさに衝撃を受けた。

当時、嫁父はまだ65歳。

やっと自動車修理工場を畳み、余生を楽しもうとしていた時だった。

相談した結果、嫁父には病状は伏せる事にした。


そこからが格闘の日々だった。

悲しみとの戦い。

日に日に悪化する病状との戦い。

僕達夫婦は嫁実家に泊まり込み、

毎日病院へ顔を出す。


やがて脳にまで転移し、言動や行動に支障をきたし始めた。

その時の嫁母の決意に涙が流れた。

「こうなったら、とことん看護しよう!」

悲しみが吹っ切れた。

嫁母は毎日病院に通った。

僕も仕事帰りに毎日お見舞いをした。

本当に休まず毎日お見舞いした。

それでも日に日に悪化する病状は止まらなかった。

終いには手の施しようが無いからと、強制退院させられた。

モルヒネ的な強烈な痛み止めまで処方されていた。

それでも痛みは治まらず、何度もうめき声をあげていた。


有る夜、嫁父が今までとは違う感じだった。

痛みに耐えながら、嫁母、嫁兄、嫁、そして俺の名前を叫んだ…。

その後、痛みが激しくなり救急車で緊急搬送…。

またしばらく入院生活が続いた…。


ある日いつものようにお見舞いに行くと、

明らかに様子がおかしかった。

その様子を見てみんな覚悟したように思えた…。


別れはあっけなく訪れるものですね。

でも医師の予想を覆し、嫁父は一年近く頑張りました。

悲しいけれど、ここで俺が泣いちゃいけないと思った。



葬儀も終了し親戚が嫁実家に集まり、

別れを偲んで献杯する。

飲んだ。

同時に思い出があふれ出てくる。

普通の義理の父との関係とはかなり違うと思う。

一緒にいろんな車をいじった。

マフラー交換もした。

俺がダウンサスを買ってきた時、

笑顔で無言で、いきなり一巻カットした嫁父。

一緒にパチンコも行った。

悪い兄貴みたいな存在だった。

そんなことを思いながら、ふとトイレに立つ。

廊下に出ると無意識に号泣していた。

結構悲しかったからこの辺で止めとこう。



人の命には限りがある。

だから今を精一杯生きなきゃいけない。

妥協しちゃいけない。

そう自分に言い聞かせる。


野生の狼みたいな目つきに

返ろうと思う今日この頃