いつもブログをご拝読頂きましてありがとうございます。日々の出来事、感じたこと、考えたことなどを大切な家族に残したいという想いでブログを始めました。また、同じように癌と生きる、癌を克服したいと考えていらっしゃる方に少しでも参考になればと考えています。

一昨日から2泊で静岡に家族旅行に行ってきました。今年の夏に緊急入院となり、主治医が勧める治療(胸腔ドレナージ)を断り、早々に退院。個人的に行きたかった富良野のラベンダー畑に妻と2人で行き、その2週間後には息子からのリクエストで五稜郭、ねぶた祭り、仙台七夕まつりに車で廻りました。

いつまで身体が動くのか分からない身でもあるので、夏の家族旅行が最後になるかもしれないと気合をいれて運転したのを懐かしく思うのですが、

冬休みも旅行に行きたいという息子からのリクエストで静岡旅行を企画しました。静岡は冬でも暖かく、昨年の入院以降、極端な冷え性になってしまった自分の身を考えてのことでした。

ということで、熱海→登呂遺跡→駿府城→エアパーク(浜名湖)→掛川城に行ってきました。

確かに暖かかったのですが、熱海は坂だらけ。お城は階段だらけと呼吸不全がある我が身にはかなりキツイ旅行となりましたが、トレーニングと割切り、掛川城は天守閣の最上階を目指して登りましたが、あと一段というところで肺が持たなくなり、諦めました。

このような身になり、身体が動くということがどれだけ感謝すべきことなのかを痛感します。



(↑掛川城)



(↑熱海)



(↑駿府城近くのお店で食べた海鮮丼)

今日も与えられた空間に感謝し、出逢う人に感謝し、自分の存在に感謝し、1日を精一杯に生きたいと思います。


(経緯) 
 2024年6月に肺がんステージ4と診断され、一時は癌性リンパ管症による呼吸不全で医師より肺に管を通して植物状態になるか、そのまま死を迎えるか、の選択を迫られ、「死を選択」しました。

 その状態から何とか回復し、退院。現在は基本となる生活改善、運動、サプリメント、代替療法などを取り入れて、がんサバイバーを目指しています。

もしあの時、植物状態を選んでいたとしたら、今の自分は無かったのではないかと思います。 

(取組)
 昨年(2024年)の7月1日はちょうど肺癌、しかもステージ4と宣告され、入院し、タグリッソの服用を開始してから、酸素飽和度が日に日に落ちていき、通常の酸素吸入器では機能が追いつかず、「死の宣告」を受けた日でした。あれから早くも1年6カ月以上が経過。

当時は命の時間を3カ月〜半年と言われ、その短い時間の中でどう「癌」と立ち向かうか、訪れようとしている「死」をどう迎え入れるかを考えていました。

 「死」を潔く受け入れる為に、また残された時間、「命」を如何に活かすかを考え、思考を巡らせてきました。その結果、やはり「死」は怖いものでも、嫌がるものでもなく、「生」を与えられたものの宿命であり、自然現象であり、真理なのだという答えに行き着きました。

 そして怖いもの、嫌がるものがあるとすれば、自分に与えられた「生」を自分のために、家族のために、人類のために、地球のために活かせないことであると考えるようになりました。 

 何とか薬に頼らないで癌を克服出来ないものか?そう考え、「分子標的薬を止めたほうがいい」という自分から出てきた答えに素直に従い、約3カ月、タグリッソの服用を停止しましたが、ちょうど3カ月目(91日目)付近で体調が悪化、肺の状態は昨年、分子標的薬を飲む前の状態になっていました。

緊急入院となりましたが、主治医に分子標的薬タグリッソの服用を止めていたことを説明し、分子標的薬タグリッソを再開しました。

しかし、諦めることなく、 薬に頼らないで生きていく方法を模索し、2025年11月から再び、分子標的薬タグリッソを減薬。現在は3分の1にして体の変化を確認中。

毎日、毎日を自分の存在をしっかりと感じ、自分が存在していることの意味、理由をしっかりと受け止め、将来の自分が存在し続けることの役目、役割を築いていくために使いたいと思います。