日本の剣術で、実戦性が求められた時期があります。

テロが横行した幕末です
尊皇攘夷の志士佐幕派(幕府を擁護する立場)による、血で血を洗う抗争が繰り広げられていました
求められるのは自己鍛錬などではなく、「人を斬る実戦的な技術」です・・・

佐幕派では、天然理心流が活躍しました。

天然理心流は農民の門下生も多く、江戸の武士階層から「田舎剣法」と軽く見られていた新興流派です。
しかし、この流派は幕末最強の戦闘集団”新撰組”を生み出し、戦闘力の凄まじさを実証させていきました。

気組(膂力と相手の剣を恐れない胆力を合わせた独特の気合)をもっとも重視し、、負けないことに執着した実戦向きな剣術です。

4代目宗家である近藤勇は、「道場で弱く実戦に強い」と言われていました。
直心影流男谷精一郎信友の道場での他流試合で、負けた記録もあります。
しかし、天然理心流は、実戦で巧緻な流派の及ばない力を発揮していきました。

そんな近藤でも、隊士たちに「手を出すな」と訓戒し、避けていた人物がいます。

討幕派の中村半次郎(薩摩)です。

討幕派は、土佐や薩摩の剣士が暗殺のために、真剣で殺し合う剣技を磨いていました
貧しい暮らしを送る半次郎は、働き詰めの毎日の中でも、1日8千回の「立木打ち」の猛稽古を続けました。
その結果、無敵の抜刀術を編み出しました。

半次郎が修練を積んだ野太刀自顕流(薩摩藩御留流の示現流の「蜻蛉の構え」と違い肘を伸ばすのが特徴)は、幕末期多くの暗殺者が学んだ流派です
野太刀自顕流の構えは「蜻蛉の構え」のみで、初太刀にすべてを賭ける「一打必倒」の剣法です。

天然理心流は、真剣と同じ重さの太刀による組太刀稽古を主とし、ひたすら相打ちの太刀打ちの稽古を行っていました。

どちらの流派も、「肉を斬らせて骨を断つ」ような、よく似た雰囲気を持っています。