続、表現の規制。 | 弥 高矢 演技の先生ってどんななの??

弥 高矢 演技の先生ってどんななの??

「無意識を解放し、
全てをさらけ出しても尚、魅力的」

心理学を応用した演技理論展開を元に
表現についてなんかを
だらだらと書いてます。


演技、ダンス、歌、
様々な表現から
自身の考え方、
取り組み方と日常を・・・・・。



日常8割ですけど。

仕事ブログです。







今度は演技について
なんだけど


オレが



「暴力」





「性的表現」






入れるのって

かなり希なんですよ。





演技レッスンを
受けた子達は
わかると思うけど

まず
やらないし


余程の
意味合いや

何かがない限り

許可はしないよね。






「そこまでの
溢れる思いがあるの??」



とか



「そこまで
追い詰められたの??」


とか



「そういう部分を
表現したいの??」


とかさ。





そんなんが
なくて
ただむやみに


「暴力」


表現を

使ったりってのは

あまり
好きじゃないからね。




確かに


「暴力」「性」






人間らしいし
外せない感情だと
思ってるし



「意味もなく暴力を振るう」


とか


そういう
人種もいなくはないし


オレが認識してる


「最低」

って

人間を
演じたいなら


それも
1つの


「表現」

だから


ありだし
いいのだけど

そこまで
考えた上での



「暴力」




あって欲しいの。






もちろん
オレが


「暴力」や「性」





「表現」

として
扱うときは

それ相応の

意味と理由があるからさ。





それを
単純に



「暴力的な行為だから」

とか


「子供に悪影響だから」

とか


くってかからないで
欲しいなぁ。



フィクションの

「表現」




とやかく言うなら
現実に何度も
放送されてる

陰湿な
いじめニュースのが

よっぽど
悪影響だと

オレは思うんだけど??



って

「表現の規制」

については

わからなくは
ないんだけど

ちょっと
イラついてるから
こんな文章。


すまんね。