平成6年に私は両親を亡くしました。


その後、当時の私は酒に呑まれた生活を繰り返してしまっていたので平成9年頃には親から受け継いだ財産の殆どを失ってしまってました。


平成11年頃に兄弟を巻き添えにしてしまった民事事件を私は起こしてしまい、平成11年の終わりから平成13年の初めにかけての約2年半くらいは、私は兄弟と離れて民事事件を裏で糸を引く連中と生活をしていたのです。


大同生命清水京子さんが私と連絡をしょうにも出来なかったと主張されている時期は恐らくこの時期ではなかったかと思うのですが、平成13年3月以降は私は兄弟と連絡の可能な場所にいたので、その後、去年の9月25日に私が大同生命に連絡をするまでの約7年半は私の契約の件は放置されていたと思われても何も返す言葉が無い筈だと私は思います。


話が脱線してしまったので恐縮ですが、その平成13年は私にとっては忘れられない1年になりました。
正月にお金が無くてカップラーメンで空腹を抑え、当時住んでいたマンションには今よりも何も無い悲惨な状況だったからです。


それに追い打ちを駆けるように2月末に私は逮捕され、その年の6月初旬までの約3カ月を警察の留置場で過ごしました。


逮捕された日の事は今でも忘れる事は出来ません。
率直に「私の人生は終わった」と思ってました。


あの日から早いもので来年の2月27日で丸10年が過ぎます。
もしもあの逮捕が無ければ私は今おそらくは兄弟とも離れて生活しているか?または死んでしまってこの世に居ないのではないかとさえ思います。


姉や弟が僕をアシストしてくれたからこそ僕は今、生きていられると思っていますし、この約10年間私も過去に経験が無いくらいの努力を続けていますが、姉や弟には感謝しています。

だからこそ去年の9月25日の大同生命・北九州支社の清水京子さんの電話でのひとことは単に私を中傷しただけではなく、私を支えてくれている姉や弟をも侮辱した発言だと私は捉えていますので、あの発言の事は死ぬまで忘れませんし、今後も折に触れて、このブログの別稿で教訓として取り上げさせて頂くこともあると思います。


あの逮捕があったから私は今充実した日々を送れていると思っています。
だから「悪い事は良い事の始まり?」ではないかと最近思います。



(余談ですが・・・・)

問題の会話です!

      (中略)

清水京子さん:お姉さん元気してる?
私   :しばらく会っていないから・・・・
清水京子さん:色々聞いてますョ・・・
     悪事が原因で出入りさせてもらえないようになったんやろ・・・

      (中略)