——"掌握"ではなく、"納得"が集まってくる

 


言語化力とは、

わかりやすく整理する力ではない。

相手の感情と場の前提を“翻訳”し、
未完了を回収する言葉に、納得が集まってくる。

うねりを生む言葉化、その正体を掘り下げていく。

 


先日、
クライアントとの飲み会で「言語化」の話題になりました。
そのとき投げ込まれた言葉が、妙に残っていました。

「西邑さんのやりとりを見て思ったんですけど、
言語化力がある人って、
気づくとその人の言葉で場が動いていく
んですよね。

 

“わかりやすく論理的に整理する”のとは違って、
相手の感情や場の真意まで掴んで掌握し、結果として、
 

場の流れの“重心”がその人の言葉に寄っていく感じがあるんです。」


たしかに、

と思うと同時に、私は少し引っかかりました。

「掌握」という言葉には、支配の匂いが混じるからです。

でも、その後届いたメッセージを読んで、

私の認識は変わりました。

 

論理的整理とは異なる「言語化力」


後日、その方からこんなメッセージをもらいました。

 

「言語化力に長けている人は、
会議の流れを掌握する力がある気がします。
 

論理的防御の手段として、感情や直感を排除して、
相手の話を自分の解釈で上書きする方々もいますが、

 

僕が言う『言語化力に長けている人』は、

相手の感情論や心理的な部分も理解し、
相手の話を解釈して言語化するようなイメージです。

 

だから、

防御的な反応ではなく、皆がその人の言葉に納得するし、
『自分が言いたいことを上手く言語化してくれた』と感じる。
一を聞いて十の言葉で返してくれるから、

段々と皆が従う感じです。」


なるほど、
と深く頷きました。

ここで語られているのは、

「話がうまい」とか「説明が明快」という話ではない。

 

**相手の内側(感情・恐れ・願い)と、
場の前提(空気・暗黙のルール)を含めて"翻訳する力"**


の話です。

 

だから結果として、
場はその人の言葉に吸い寄せられていく。

 

掌握しているように見えるのは、
支配しているからではなく、

納得が集まってくるからなのだと思います。

 

「なぜか掴んでいる」ものがある

 

言語化力がある人は、なぜかこう見える。

  • なぜか相手の真意や感情を掴んでいる

  • なぜか深層にある本音や本質を捉えている


要は、
「論理的に正しい」だけでも、
「わかりやすく整理」するだけでも、

ここで言う言語化力には届かない。


一見、言葉を操るスキルの話に見えるのに、
実態はもっと深いところにある。

 

言葉の問題というより、
 

"関係"と"現実"の扱い方の問題です。

 

エネルギーが宿る言葉、言霊を生み出す力


私は、真の言語化力をこう捉えています。

 

真の言語化力とは、
「エネルギーが宿る言葉」を生み出す力である。

 

ここで言うエネルギーとは、
スピリチュアルな意味ではなく、


**その言葉が次の対話や行動を生む“推進力”**のことです。


言葉を通じて一石を投じ、

その言葉の連なりで場をつくり、うねりを生む

 

沈黙が消える、全員が前のめりになる。


もっと現実的に言えば、たとえばこういう言葉です。

  • その言葉が、場の"未完了"を回収する
    (例:「つまり、みんなが言いたいのは〇〇ってことですよね?」)

  • その言葉が、複数人の心の中にある「言えなさ」を代弁する
    (例:「これ、言いづらいけど、本当は△△が引っかかってませんか?」)

  • その言葉が、誰かを勝たせるのではなく、皆を前に進ませる
    (例:「AさんもBさんも正しく、だからこそ□□という選択肢がある」)


そういう言葉には、自然とエネルギーが宿ります

そしてきっと、
その背景には、その人の生き様が凝縮されている。


半端ないこだわり。
言葉にできない体験。
痛みや試行錯誤。

 

そこから滲み出る言葉だからこそ、場に作用する。
その方のメッセージにこうありました。


「確証はないですが、言語化に長けている人は記憶力がいい気がします。言語化できるから、その時のやり取りも記憶としてストックしやすいのかもしれません。」

記憶として蓄積された膨大な体験と洞察。

 

それが言葉になって表出するとき、
そこには単なる情報以上のものが宿るのだと思います。

 

 

真の言語化力を阻害するもの


一方で、言葉は簡単に"毒"にもなる。

特に、言語化が強い人ほど危うい。

逆に、論理や正しさ「だけ」からくる言葉には、
真の言語化力は宿りにくい。

 

そして、次のような言語化は、

場のエネルギーを下げていきます。

  • 自分の経験や体験で単にマウントする行為
    →「俺の時はもっと大変だった」で終わらせる

     

  • 知識や知見を引き出しにして披歴する行為
    → 相手の悩みより「こんなやり方が一般的だ」と知識を語りたくなる

     

  • 他人を批判・評価して下げ、承認欲求を満たす行為
    →「あいつはダメだ、俺ならこうするよ」と相手の学びを奪う


これらは、

相手の感情や心理を理解するどころか、
自分の解釈で相手の話を上書きする「防御的な言語化」です。

短期的には"掌握"できる。
でも中長期では、場の自由が痩せていく。
発言が減り、挑戦が減り、関係が弱くなる。

 

だから私は、

 

言語化力は「影響力」であり、
同時に「倫理」だと思っています。

 

 

自分自身の言語化力を支えるもの


言語化力は、
鍛えるべきスキルである以前に、

 

自分がどう在りたいかという問いに向き合うこと

 

なのかもしれません。

 

 

  • あなたの言葉には、どんなエネルギーが宿っていますか。

  • そして、その言葉は、誰の自由を増やしていますか。

 


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【注記】この記事で紹介する事例は、複数のクライアントとのセッションから得た学びを基に、個人が特定できないよう加工・一般化したものです。