Cambodia
東南アジアにあり、有名な世界遺産アンコールワットがある国として知られている。
地理的要因、歴史的要因により、東南アジアの中でも発展が遅れている国であるが、
それでも、近年日本や韓国系の企業が多く進出し、目覚ましい経済発展を遂げ続けている国でもある。
カンボジアを知るうえで大切なのは、なんといっても1970年代後半に起きたポルポトを中心としたクメールルージュの文化大革命的活動。
知識人を中心に多くの者が強制収容所に収容され、農地労働という名の終わりなき肉体強制労働を強いられ、最終的には虐殺されるました。
大虐殺による犠牲者は300万人と言われています。
これは当時のカンボジアの人口の約3分の1。
3人に1人は罪もなく同じカンボジア人により殺されました。
ほんの30、40年前の話です。
さて、ここからが本題です。
「カンボジアの教育」について話していきたいと思います。
まずはじめにカンボジア、そうではなくても発展途上国の教育についてどのように思っていますか
?
たくさんの子どもが学校に行けていない。
教科書などの勉強道具がそろってない。
人それぞれだと思いますが、少なからず日本のような教育環境に恵まれているというような印象は持っていない人が多いのではないでしょうか。
だから、日本やその他いろんな国の支援によって教育環境を提供しているんだ。
そんな考えの人もいるかと思います。
カンボジアの教育のみに関していうと、前半の2つは間違いで、いろんな国からの支援が多くあるという点は正しいです。
まず、カンボジアの就学率(小学校)は90%を超えており、たくさんの子どもが学校に行けていない状況ではありません。
カンボジア政府による公立の学校に通えているのです。
教科書などもしっかり支給されています。
もちろん都市部と農村部では違いはありますが...
また、全日制ではなく午前と午後の二部制になっており朝から夕方まで学校で勉強はできません。
その点、十分な教育を受けることができているとは言えないでしょう。
しかし、都市部やその周辺における言語教育の環境は日本よりも整っています。
理由は、日本をはじめ欧米諸国からの支援、NGOなどの団体が多く存在しているから。
実際、国民一人当たりに対するNGOなどの支援団体の率は世界一とも言われています。
街中にはもちろん、少し外れた郊外にもフリースクールが多く存在し、放課後の生徒を中心に英語などの外国語を学びに来ています。
次は僕が思うカンボジア教育の問題点や改善点を挙げたいと思います。
Ⅰ.先生のレベルの強化と待遇の改善
先ほども述べましたがクメールルージュのジェノサイドによって多くの知識人が殺されてしまいました。
そのため、内戦終了後、子どもたちの教育を任されたのは、ジェノサイドから生き残った比較的知識レベルの低い大人たちでした。(表現が酷くて申し訳ありません。)
実際、計算ができる、言葉が読めるというような人々が先生となり教えていたそうです。
そんな彼らに教えられて育った子どもたちの多くが、今教壇に立ち生徒たちに授業をしている。
2、3年前のデータになりますが、先生として働いている人にとの最終学歴が大卒という人は少なく、中には小卒で先生として働いている人もいるようです。
そんな先生たちのレベルアップ、また教員養成にもっと力をいれなければなりません。
また、先生に対する待遇の悪さも問題があります。
給料もカンボジア国民の平均給料よりも低い。
実際、毎日道端の空き缶なども集めて、それを売り生活している人のほうが多く稼ぐそうです。
そのため、普段学校で教えるだけでなく、自宅で塾を開いたり、フリースクールでアルバイトをしてお金を稼いでいる先生が多くいます。
公立学校の先生なら、副業をすることもなく本来の仕事に集中できる環境を作ることが理想であり必要であります。
Ⅱ.農村部の人々の教育に対する意識改革
先ほど初等教育の就学率について述べました、90%以上だと。
ただ都市部に関して言うともっと高く、また中高の就学率も高いと思われます。
問題は農村部です。
一般的な先進国と違い、カンボジアでは就学率と卒業率には大きく差があります。
義務教育期間である初等教育も例外ではありません。
小学5年生あたりで急に学校に来なくなる生徒が多くいるそうです。
原因は様々ですが、農村部特有の問題があるようです。
一つは、学校が近くにないこと。
特に、小学校はあっても、中学や高校に通うのは非常に難しいです。
もう一つは、子どもの扱い。
やはり、こどもは労働力の一部としてみられていることがあるようで、教育の必要性をあまり感じていない親もいるようです。
実際、彼らの親たちも教育を受けられていない方が多く、無理もない話ですが...
僕が活動していたシェムリアップ周辺のある村では、親が子どもを連れてタイに出稼ぎに行くことがしばしばあるようです。
親と一緒についていった子どもたちの中には、人身売買されたり親と物乞いする子どももいるようです。
実際、ボランティア先で勉強していた子たちの何人かはセンター出身。
ここでいうセンターとは孤児院のようなもの。
あるセンターの子どもたちは、そのほとんどが物乞いをしていた時に保護されたそうです。
農村部で農業をしている人々の収入は少なく、出稼ぎでもしなければ生きていけない世帯が存在するのも当然かもしれません。
ただなんとか子どもたちには十分な教育を与えて挙げれるように、親たちへの教育に対する意識改革が必要だと思います。
そのためには、カンボジアの国力、経済発展というのが必要不可欠なのかもしれません。
いくら僕たちが子どもたちに教育を受けさせてあげられるように説得しても、収入が上がらないようじゃ学校に通わせることは無理な話。
結局はお金がないと生きていけないのだから...
いろいろと書かせていただきましたが、自分の頭の中で考えがまとまっていないのも事実です。
理想と現実がうまくつながらず、現実から理想へとつなぐ道も不確かです。
なにが正しいのか。
なにをすればいいのか。
考える日々が続きます。
ただ、現地を訪れ多くの人々と交流し得た情報・考えというものは、決して日本で勉強しているだけじゃ得られないもの。
それが得られているだけでも、非常に価値のあるギャップイヤー活動を送れていると思います。
つながりが悪い長い長い文を最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回は、観光について楽しく書きたいと思います(^.^)/~~~