「いまの世でうそだと思われていることが、次の世では当然なことになる。」
竜馬は、幕府の重役との面談、後藤象二郎を通しての土佐藩への働きかけ、薩長の調和とバランス、海援隊の充実と陸援隊への援助など、大政奉還の実現のために奔走する。
中でも幕臣・永井尚志との会談シーンが実に見応えがありました。
竜馬は理ではなく現実を持って説き、幕府が受け入れがたい現実を認識させ、説き伏せるのではなく、気づかせる。
感情を刺激したり傷つけたりは決してしない。
議論に勝ってしまえば、相手から名誉を奪い、恨みを残し、実際面で逆効果になるという議論の性質を竜馬はよく心得ていたので、このような鮮やかな芸当が出来るのです。
大政奉還。
竜馬はこれが実現せぬ時は、海援隊の同志とたもに将軍の行列に斬り込み、将軍を刺して自分も死ぬという強い覚悟をもってその報を待つ。
いよいよその報が届いたとき、竜馬はよくぞ決断したと感激に震え、慶喜の決断を称える様には、身体を熱くせずにはいられませんでした。
この大政奉還の項の見出しは、常道でいくなら「大政奉還」となるべきものが「草雲雀」となっているのです。
草雲雀とは夜明けを知らせる虫のことで、この項の最後は草雲雀の鳴き声を聞いた竜馬が
「おれも、草雲雀だな」
と言うシーンで締められています。
そこには日本の夜を明けさせた竜馬の感動が込められていて、爽やかな感動を覚えました。
そして、ここで「草雲雀」をもってくる司馬遼太郎先生の言葉運びが、実に機知に富んだユーモアがあって、粋なことするなぁと、流石は文章の達人だと、ただ脱帽するのみです。
これは私見ですが、主役は大政奉還ではなく、あくまで大政奉還の立役者・坂本竜馬なのだという意味も込められているのかなぁとも思いました。
竜馬は暗殺されてしまいますが、あとがきに
「竜馬は生きている、われわれの歴史があるかぎり、竜馬は生きつづけるだろう」
とあるように竜馬さんは生きてます。日本人の中に竜馬さんがいます。
会いたくなったら、「竜馬がゆく」を開けば、いつでもそこに竜馬さんがいます。
3巻だったかな、竜馬の言葉で
「たれかが灯を消さずに点しつづけてゆく。そういう仕事をするのが不滅の人間ということになる。」
というものがあるのですが、その言葉の通り、日本を救うという不滅の仕事をしてくれた竜馬さんに強烈な感謝と感動、そして憧れを覚えました。