「ありのままでいい」って言うのがある。
そんな映画も大ヒットした。
ただ私が思うのは、
その“ありのまま”っていうのを
根本的に勘違いしているんじゃないか
ということ
“ありのまま”っていうのは
何もしないでそのまま
怠慢でいいって言うことじゃない
そんな“ありのまま”だったら
働かずにいくつになっても何もしないで
自立せずずっと親から
飯を食べさせてもらっているのも
素晴らしいことになる
もちろんそれができるなら
勝手にやっているのもいいだろう
だが時間の問題で
いつまでも親は生きていてはいてくれない
もちろん怠惰な生活を棚に上げ
それでいて国に保証を求めるなど
言語道断だ。
私は思う。
本当の“ありのまま”っているのは
もっともっと本質的なもののことなのだと
人間はどんな逆境にあっても
どんな苦境に立たされても
絶対に負けず必ず立ち直れるものだと
魂に光を灯し続ける限り
何度でも何度でも立ち上がり
絶対に復活できる生きものなのだと
それこそが人間が
本来潜在的に持ち合わせているポテンシャル、
根底にある魂の本物の力
まさに“ありのまま”のあるべき姿なのだと
根底にある根本の魂の力として
“ありのまま”の力を発揮するのはいい
だが単なる怠慢で何もしない自分を
そのまま“ありのまま”認めてくれ
などという行為はとても幼稚で
そんなこといったら
すべての発展や成長はなくなってしまうだろう
もちろん物質的な面や経済的な面だけでなく
心の精神面の成長もだ
善を見て悪を悟る
またその逆も然り。
一つのことだけしか存在しなければ
もう一方も感じることができないのが
この世界だ
すべての事柄は
結局すべての成長、前進に
つながっている
そして掘り下げていくと
仕事でも何でもそうだが
極めて行けば行くほどに
結果は相手との問題ではなく
最終的には自分自身が
自分の内面とどこまで正直向き合い
その自分と勝負して
どこまで前進できるかが最も重要になってくる
結局すべて外側や相手の問題でなく
すべて自分の問題なのだと
気付く時が必ずくる
物事を常に客観的に俯瞰し
よりシンプルに考えることができれば
容易に悟ることができるだろう
自分の都合のいいようにばかり考えて
そこにいつでも最もらしい理由を付けて
本当の自分に立ち向かわないことを正当化し、
いつでも自分は間違っていないと
外側の相手ばかりを責めていると
いつの日か多く人が自分の元を離れ
周りに人が寄り付かなくなっている現実に
気が付くことだろう
きっとその後に本人は悟る。。。
自分が寄り付きがたい
自己憐憫(じこれんびん)の
モンスターになっていることに
本当にビジネスの場などは
特にそれを感じる。
独りよがりで
自分がいくら良いと宣伝したって
周りが認めてくれなければ意味はない
いくら自己評価120点満点の
素晴らしい絵画を描いても
周りを認めさせ
高評価を得られなかったら
ビジネスは成り立たない
どんなに正当な理由があり
どんなに最もらしい正当性を叫んでも
ただの勘違い野郎
バカヤローでおしまいだ。
自分一人だけで
成り立つものなどなにもない
相互関係性の中で
この世の世界は成り立っている
いつまでも自分勝手に
悲劇のヒロインをやってたって
人生は何も前進していかない
One for all,all for one
(一人は皆のために,皆は一人のために)
じゃないが、
そんな周りのことをおもいやりながら、
そして同じように自分自身のことも
大切にしながら生き続けて
いくことができたなら
それがどんなに理想的で
どんなに素晴らしい生き様なのかと思う
目を覚まし、気合を入れて
勇気をもって現実に立ち向かおう
大丈夫!!
本当の“ありのまま”を
持ち合わせている魂があるのだから!!
日々人生は勉強だ。
ちなみに今日は
マザーテレサさんのお誕生日ですね。

