11月13日に躓いて
膝のお皿が横にパッカリ割れました、仕事中ですから中々人が来てくれなくて数分固まってました。同じ職場の先輩が来てくれたので、助けを求めて
ちょうど私台車をもってエレベーターであがってたのでその台車でしたまで降りて救急車にのってそしたら警察まで来て後ろから押されたのでは無いですねと確認されいつも通ってる病院(職場からも近い)搬送されレントゲンとってそれからすぐ3時から手術しますと言われまあーいろいろ検査されました。コロナの検査もね。
下半身麻酔なんだけど眠らさせて貰いました。
今コロナで面会もできない、私は独りなのでご近所さんにたので用意してもらったけど、聞いたら身内もダメなんだって。長い入院生活もしかしたらダイエットになるかも
肋骨も三本折れててコルセットしてるから食欲がないのだ。胃を抑えられてるからね
久しぶりのブロックがこんなブログになるとは
ではまたTwitterでお目にかかれる人はよろしくね

2016年一月に肺炎その時に肺気腫もみつかって三か月弱入院 されから酸素がてばなせなくなり

去年の九月ごろ肺癌がみつかり、年も年なので対処療法でいきましょうと決めて暮れに肺炎起こして入院したけどてんてきが漏れてうでがパンパンに腫れてその担当の先生とも相性が合わなくて治療拒否するなら退院してもらうしかないということで退院。

五月ごろからだんだん物も食べなくなり五月31日の明け方救急車で搬送又もや相性の悪い先生で二日の日に無理やり退院

五日の朝呼吸も苦しそうで救急車を呼ぶも行くのを拒否、救急隊の人もこれだけ抵抗する人を搬送はできないからなにかあればまた呼んでくださいといわれ帰られて、ゆうがたにはもう意識朦朧で目もうつろで時々白目をむくようになったのでまた救急車よんでこんどはもう朝ほど抵抗する力もなく搬送してもらい,火曜の昼前にはまだもう何言ってるかわからないけど、通院の先生と主治医の先生とはなしてモルヒネを少しいれて緩和治療にという話をして家にきたくして三時半ごろ心臓がとまりそうだからすぐ来てと言われて行った時にはもうとまってました

でもとても穏やかないいかおで亡くなりました。そして今日荼毘にふして空に旅立ちました。

これで父親も苦しさから解放されて自由に歩いてると信じてます。

これは私の綴っておきたくてかきました