その事件を週に最低一回は夢に見る。その度震える自分の身体を抱きしめ、心の中で自分を慰め、そしてまた浅い眠りへと入る。
あの事件から15年、俺はすでに20歳になっていた。今だにこの出来事に悩まされている。
東京の大学に通う俺には時々この夢のせいで寝不足になり、授業に行くのは少しつらかった。
確かにこの出来事は忘れちゃいけない。この母を失った悲しみは死ぬまで消えないだろう。
目が醒めている時、絶対一日の中でこの事件について考えることはある。しかしせめて寝ている時だけでも…この嫌な夢からは解放されたかった。

父が俺の部屋のドアを叩いた。
『大丈夫かぁ、なんか物音が聞こえたけど。入るぞ。』
悪夢を見て飛び起きた拍子に枕元の携帯が床に落ちていたのだ。
『……………』
少し間を開けて父は部屋の戸をゆっくり開けた。
『どうした?』
『……………』
夢で悩んでいることは今まで父に相談したことはなかった。それをしたら二人の関係が崩れるかもしれないと怯えていたのだ。また父にあの事件を思い出せたくなかったからだ。
しかし一月前に20歳の誕生日も迎え、そろそろ真剣に父と、そしてあの事件に向き合わなければいけないと感じた。
起きてしまったし、眠気は綿毛が強風に飛ばされるように吹き飛んでいた。
思い切り、父にこの夢を相談しようと思い、ベッドの横に置いてある紙とペンを取った。言葉を失って以来俺は会話に紙とペンを使う。
そして俺はスラスラと書きはじめた。
「嫌な夢を見たんだ」
父は、
『そうかぁ、すごい汗だな…』

「15年間見続けている夢なんだ」

『15年………母さんの夢か…』

「うん」

『マサルも苦しんでいたのか…夢か…私はその夢を見ないんだ…』

「なぜ?」

『マサルも20歳か…そろそろいろいろなことを説明しても受け止めてくれそうだな』
「話して」
父はゆっくりと話し始めた。
『はぁっはぁっ』
息が荒い……バッと布団から飛び起きた。嫌な汗が水飴のようにべっとり身体にへばり付いている。
また嫌な夢を見た…

俺が五歳の時に母は亡くなった。自殺だった。突然だった。俺が公園から帰ってきて
『ママ、ただいま』
と言っても返答がない。不思議に思い、居間、台所、寝室を回ったが姿がない。残った部屋は浴室だけになった。浴室のドアは半透明のガラス戸になっている。浴室の中には、人影が見えた。
『ママ、何してるの?』『………………』
返答がない。聞こえないのかと思い、勢い良くドアを開けた。
そこには地面に足のついていない首に巻かれた縄一本で身体の体重の全てを支える一人の女の人がいた。周りには汚物が転がっていた…
『…………』
声が出なかった。鼻がぶん殴られたようなスゴイ異臭で立ち込めていたが、身動きは出来なかった。それから父が帰ってくるまで俺はそこにずっと座りこみ、激臭を放つ肉の塊を見つめていた。
『ナオコ~、マサル~、帰ったぞ』
『……………』
浴室の前にいる俺、そして天井からぶら下がった妻を見つけ、叫び声をあげた。そして俺を強く抱きしめ、震える手で携帯を操作し、何度も何度も押し間違えたが、やっとのことで110を押した。警察は5分もしない内に我が家を訪れ、俺と父さんは警察に保護された。父は俺に何度も謝り、
『ごめんな…ごめんな…』
『お前は絶対俺が守る』と伝えた。
何で父が謝るのだろうと不思議に思いながら、守ると言ってくれた父と俺も話したかった。『ありがとう』と言いたかった。しかし声が出なかった。この日以来、俺は言葉を失った。
命本舗は俺の命の店となった。大学三年の途中から大学四年まで金で遊びほうけた。
アパートも大学の近くに引っ越し、夜中まで友達と遊んだ。
最高だった。
親を失った悲しみもどこかに吹き飛ぶようだった。
就職も金を使って、どうにかツテを作り、就職することも出来た。
俺の人生は完璧なはずだった。
金はある。仕事見つかった。女も何人かいる。友達だって大勢いる。
そして大学四年の12月30日。俺の22歳の誕生日。
みんながパーティーしてくれるからって呼ばれた。最高の気持ちで街をさっそうと歩いた。
俺は幸せに満ち溢れていた。

突然目の前が真っ暗になる。シャッターが突然閉まったように。
あの通い慣れたうさん臭いお店のじいさんが目の前に立っていた。
黙って俺の前まで歩いて寄ってきて一枚の紙を渡した。それはレシートだった。
見てみると俺が今まで売ってきた命がズラズラと書かれていた。
合計売却生命には78年と印字されていた。
呆然とその紙を見つめることしか出来なかった

じいさんは黙って持っていた二枚のレシートを渡した。
そのレシートには両親の生命取引が印字されていた。
取引を始めた日付は俺が高三の時からだった。

俺の為に命を削り、命を落とした………
両親に申し訳なかった…
涙が一筋…いつかのはかなく俺の手の上で消えた雪のように流れた

すると何かの気配を頭上に感じた。
ハッと上を見上げるとデカイじいさんが俺を見下ろしていた
俺はそのじいさんの手の上…………………………いや神の手の上に俺はいた

神はフッと俺を鼻で笑った
金で出来た友達に祝われることを楽しみにし、金があるだけで自信に満ち溢れた俺を。

そして人間の欲への愚かさを嘲笑するように……

人間の人生は始めから100年と決まっている。

だが100歳まで生きる人間はごく稀である。

なぜか…

それは人間のほとんどが欲に負けてしまうからだ
その欲に負け、売った命は神のものとなる
神は死ぬことはない…死ぬことが出来ない…

欲に勝てるものが少なすぎるからだ

1年が10万円。
1年ぐらいどうってことないだろう

そんな軽い気持ちだった
それが積み重なり、78年…
今考えれば、たかが7800万円…

俺の命はそんなものか…
78年あれば、何か出来ただろうか

運命を変えられただろうか

今の俺には皆目見当もつかない…

だって俺はもう亡くなってしまったのだから…



…終わり