最近更新してなかったので原発問題ニュースもたまって来たので記事にします。
 
国内最悪の原発「高速増殖炉もんじゅ」のその後は・・・全国ニュースになってるのかな?
 
8月~9月の地元原発のニュースを批判を受けてもやって行きます!
 
8月首相の退陣表明で我が県の原発政策が迷走?
 

原発、エネルギー政策で不信 首相退陣表明で立地首長ら反応

(2011年8月27日午前8時31分)
http://www.fukuishimbun.co.jp//themes/default/img/common/icon/zoomin.gif http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/news0/photos/20110827084157_1162009061.jpg 首相の退陣表明に関連し「エネルギー政策で迷走した部分が多かった」と話す河瀬市長=26日、福井県の敦賀市役所

 26日に正式に退陣表明した菅直人首相は3月の東京電力福島第1原発事故以降、原発やエネルギー政策に関する見直しを表明し、6月に辞意を示した後にも「脱原発」を打ち出した。十分な議論がないままの「思いつきの発言」(山口治太郎美浜町長)が相次ぎ、14基の原発を抱える福井県の立地自治体や関係者は振り回され続けた形。後継の首相にしっかりした対応を求める声も多い。

 菅首相がエネルギー政策の転換に言及したのは、大震災発生から約3週間の3月31日。「どういうエネルギー政策を進めていくか、あらためて議論する必要がある」として、2030年までに原発を14基以上新たに増設するとした「エネルギー基本計画」の白紙化を表明した。

 経済産業省原子力安全・保安院が県内などの原発の「緊急安全対策」は適切に実施されていると発表した5月6日には、稼働中の中部電力浜岡原発の全停止を求める異例の要請をした。東海地震の発生する可能性が高い点を理由に挙げ、評価の声がある半面、連絡もなく突然発表された地元自治体は困惑。県は、新たな安全基準を示さないまま他の原発には“安全宣言”する一方、浜岡原発だけ停止する対応に不信感を募らせた。

 浜岡原発の停止要請後、菅首相は急速に「脱原発依存」に傾いていく。5月17日に使用済み核燃料を再利用する核燃料サイクルの見直しを検討する考えを明らかにし、同24日には国内の原発新規立地は困難になるとの認識を示した。

 一方で、再生可能エネルギーの導入にこだわった。5月25日のパリでの講演で「日本の設置可能な1千万戸の屋根すべてに太陽光パネルの設置を目指す」と宣言。自然エネルギーの総電力に占める割合を、20年代のできるだけ早い時期に20%に拡大する方針を掲げた。日本経団連の米倉弘昌会長は「目的だけが独り歩きする政策はものすごく危険だ」と指摘したほどだ。

 運転停止中の原発の再稼働をめぐっては7月6日、ストレステスト(耐性評価)の実施が前提になると突如発表した。直前には海江田万里経済産業相が佐賀県を訪れ、再稼働に前向きな意向を引き出した矢先。電力不足を回避するため再稼働を促す方針とつじつまが合わず、後に統一見解を示すほど政府内はバラバラの状況といえた。

 そして7月13日、緊急記者会見した首相は「脱原発」を宣言する。「段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現する」。具体的な時期や目標を示さないまま、国の根幹であるエネルギー政策を転換し、西川知事は「個人の気持ちなのか、政府の見解なのか分からない」と批判。与野党からも批判が相次ぎ、同15日に「私的な思い」と釈明するなど発言は迷走した。

 首相の方針を反映するように、高木義明文部科学相は同15日、高速増殖炉「もんじゅ」の方向性も検討する考えを表明。また、8月19日に閣議決定された「第4期科学技術基本計画」では、震災前の案では盛り込まれていたもんじゅを含む高速増殖炉サイクルの研究開発推進が削され、「次世代軽水炉の実用化に向けた研究開発を推進」の文言も削られた。

 首相の退陣表明を受け26日、敦賀市の河瀬一治市長は記者団に対し「エネルギー政策が迷走した部分が多かった」と語った。西川知事も「菅政権は、脱原発などさまざまな発言があったが、一貫性がなく、政治的な混乱や停滞を招いた」とコメントした。

 今後の原発やエネルギー政策をめぐり、民主党代表選に出馬が予想される顔ぶれの中には、菅首相ほど急速な脱原発路線ではないにしろ中長期的には原発を減らすとの主張もある。停止中の原発の再稼働や増設、もんじゅの行方がどうなるのか。河瀬市長は「しっかりポリシーを持って対応してほしい」と注文。山口美浜町長も「ぶれない判断をきちっとやってもらいたい」と一貫した対応を強く求めた。