はじめまして、私は19歳の大学2年生だ。本来であれば大学2年生なのだが訳あって留年して今は大学1年生だ。その理由は後々説明するとして、今日は私が一番死にたかった日のことを小説っぽく書こうと思う。弱冠19歳にして死ぬとか生きるとかを語るには人生経験が少なすぎるようにも感じるが、自分が今思っていることを未来の自分のために書いておこうと思う。それゆえ、私の背景を伝えきれていない部分もあるかと思います。そこはどうかご勘弁を。前置きが長くなりすぎるのもどうかと思うのでこれくらいにしときます。

 

ある春の日、私は海を見たくなった。近場だった江ノ島を選んだ。行ってみると、空は青く広がっていて、まさに青天の霹靂というべき日だった。海は悠々としていて、包み込んでくれそう、そんな日に私は命を断とうとしていた。

 

いざ書き始めようと筆をもつと価値はぐらつくものだ。頭のなかではこれはすごいと思っていても、こんな紙切れの文字にそんな価値があるのか疑ってしまう。感情の起伏と同じだ。忘れないうちにあの日のことを書いておこうと思う。

 

いつから死にたいと思うことがあっただろうか。小学生、中学生の頃はあまり覚えていないが高校生の頃には確実に死にたいと思ったことがあった。ただ、それは生きたいが含まれている死にたいだった。生きたいが含まれている死にたいとは何か。その名の通り、生きていたいという思いがある死にたいという発言のことだ。リストカットは生きたいからするものだ。そんな言葉を耳にしたことがある。聞いた当時は意味がわからなかった。だが、今となってはわかるような気がする。しかし、これとは別で、死にたいしか含まれていない死にたいが確かに存在していると感じた瞬間があった。

 

私は大学生だ。その日は試験期間中だった。留年がかかっていたのでストレスを抱えていた。夜は眠れず辛かった。そんな時に一人の女の子が私に電話をしてくれた。

「ラインのステータスメッセージに夜苦しいって書いてあるけど大丈夫?」

そんな始まりだった。彼女もそういう時期があったらしく心配して電話をかけてくれたようだった。その女の子とは幼馴染でよく小さい頃一緒に家族ぐるみで旅行に行っていた。最初に電話をくれたとき私は15分ほどの会話で電話を切った。しかし、その後も眠れなかった。迷惑だとわかりつつ、午前3時ごろに自分から電話をかけた。

「ごめんね、電話かけて、やっぱり眠れなくて。」

「いいよ」

その子は優しく、そう言ってくれた。

15分の会話では伝えなかった、隠していた悩みを打ち明けた。彼女をそれを理解し、寄り添ってくれた。自分にとってそれは救いだった。結局、たわいもない話も交えながら午前六時ごろまで電話をした。その時、私のこころの中に恋愛感情はほとんどなかった。それよりもありがとうの気持ちの方が強かった。その感情が変化したのは、その日の午後だった。

 

試験期間中なのに勉強できなくて困っている旨を部活の先輩に伝えたら、「いいよ、付き合ってあげる」

と言ってくれた。勉強が一段落し夜ご飯を食べている時、彼女の話をしたら、

「好きなの?」

と先輩が尋ねた。

「いえ、ただの幼馴染なのでそういう感情はないです。」

そう伝えたら、

「じゃあもしその子から告白されたら付き合う?」

私は悩んだ挙句、

「ゼロではないです。」

と答えた。

このとき、

「ゼロです。」

と嘘でもいいから言っていたらあんなことにはならなかったかもしれない。いやそもそもこんな話をしていなければ。意識してしまった。好きになってしまった。その日の翌日、テストが終わったら会いにいく予定だったので尚更。慰めてもらうだけのつもりだったのに。

 

(続く)