my story

my story

自分勝手な28歳。自由気ままに更新中

こんばんは、柊です。

あっという間に5月が終わってしまいましたね。

 

ここ最近の土日は泊まりがけで恋人と過ごしていたので、久々に一人の時間を満喫した土日でした。

とは言っても、金曜をお休みにし3連休にして、恋人とはいつものように泊まりがけで過ごすこともできたので、なんだかお得な週末でした。

 

先日恋人の誕生日があったのでお祝いで金曜は1日外で遊んでいたのですが、平日の晴れの日に遊ぶってこんなに快適なんですね…全ての予定が前倒しで終わってしまって時間が余るくらいでした。

 

暑かったけど、どこのお店も人が少なく静寂を楽しめたし、最後のジャズライブは涙が出るほど感動しました。

お祝いする側でしたが、私自身も満たされた誕生祝いだったと思います。

 

 

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが、

今日は自分のためにできたことを書きたいと思います。

 

最近、仕事が本当に大変でメンタルを崩しがちでした。

そのせいで夜更かしもかなり多く、しかも常に緊張しているので、朝もシャキッと起きれてしまう(マイナスな意味で)…つまり寝不足でした。

 

 

 

なので、まずひとつめの自分への優しさは、お昼まで寝ること。

結局11:30までしかできませんでしたが、9時間くらいは寝たと思います。途中、何度かドキドキして目覚めましたが、大丈夫と自分に言い聞かせ、いつもと違うスッキリ感を感じながらおきました。

 

 

次は、自分にホットケーキを作りました。

昨日のうちに買い出しを済ませていて、今回はヨーグルトと紅茶の茶葉を使って作ってみました。

ちょっと胃もたれしちゃったけど、爽やかな味わいでとても美味しかったです。

 

 

次は、浴室の大掃除。

普段、恋人と過ごすのは私の家なので、時間をかけて掃除をできていなかったのが気になっていました。なので今日は1時間以上かけて丁寧に掃除しました。

途中妹と電話しながら作業ができて、楽しい気持ちで胸がいっぱいになりましたし、何よりすっきりしました。

 

合わせて、衣替えをしました。

浴室大掃除に放置時間があったので、その時間+30分くらいで衣替えと断捨離をしました。

服の断捨離は定期的に行うのでそこまで時間はかからず、すてる服も3着程度になりましたが、整理整頓されてとても気持ちが良かったです。

 

 

その次に、本の整理をしました。

クローゼットの整理のつもりでしたが、そもそも荷物が服か本しかなく、衣替えの次は結局本の整理になりました。

 

最近コードの勉強もしてみたいと思っていたので専門学校自体の教科書を読み直そうと引っ張り出してみたり、認知症の祖母が書きかけて放置した塗り絵と画材をだしてみたりしました。

このブログが書き終わったら少しやって見る予定です。

 

 

不思議なことに、水彩色鉛筆やそれ用に買った水筆が二つ以上でてきたりしました。誰のでしょうか。。

 

 

もう少し整理したかったのですが時間が押していたので、明日からのお弁当やご飯の作り置きをしました。

小松菜を安く手に入れたので、色々アレンジしてみて、しかも美味しくできてかなり満足度が高かったです。

 

その後、恋人と話す予定でしたが、忙しそうなので、この後は自分を喜ばせる時間にしたいと思います。

 

毎日憂鬱ですが、今夜だけは自分を甘やかしたいです。

何より、自分との約束(タスク)をやりきれてかなり満足度の高い半日となりました。

反動で動けなくなる未来が見えなくもないですが、その時はその時対処します。

 

 

 

気持ちの良い6月のスタートとなりそうです。

明日からの日々もなんとか乗り越えていきます。

 

それでは今日はこの辺で。

柊でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんばんは、柊です

前回からだいぶ時間が空いてしまいました。

 

あれから私は京都にまたひとり旅をしたり、仕事の中で新しいプロジェクトに参加することになったり、恋人と相変わらず仲良くしたりしていたら、いつの間にか春も深まっていました。

 

私は上京してもう7年目なのですが、地元にいた頃の昔話ばかりで、ここ6年の話題がすっぽり抜けている(希薄だ)なと感じることが増えました。

 

掘り起こせば本当に色々なことがあったと思うのですが、どうしても遠く離れた地に想いを寄せてしまう。離れてから気が付くことが多いなと。

そんな6年間の自分を取り戻したいと、最近は考えています。

 

 

趣味や、仕事で、私生活が毎日バタバタです。

今週はGWが始まり祝日があるので、ゆっくり自分と向き合う時間にしたいと思います。

 

相変わらずまったり更新なこのブログですが、9周年目のmy storyもよろしくお願いします。

こんばんは、柊です。

このブログに日記を投稿するのにここ一年足が遠のいている気がしています。

ここは自らの居場所であり、ありのままの自分でいられつつも、ありたい自分でもいられる不思議な場所です。

もうすぐ9周年を迎えるので、マイペースに、たやさずにつむいでいけたらと思います。

 

年が明けてすぐ私の元にきた知らせは、部活の後輩の早すぎる訃報でした。

驚きが隠せなくて、ショックで、とにかく連絡と予定合わせをし、月末に再度地元を訪れることに。

 

なぜ月末になったかというと、予定を合わせて一緒に手を合わせにいきたい相手がいたから。

 

 

その後輩は一歳年下で、吹奏楽部で一緒にフルートを吹いていました。私と、もう一人同級生(今回予定を合わせた子)と、その後輩との3人の編成でした。

 

1年生の頃はそれこそ全然懐いてもらえず、コミュニケーションが取れない日々でしたが、2年生(私は3年生)になった途端なついてくれて、卒業の日の最後には手紙もくれて、どこか危なっかしい雰囲気をずっと感じながらも、あとは任せたよ、と私たちの想いを託せる後輩でした。

 

卒業してからも数年、大会を応援に行ったりしましたが、そんなにたくさん話すこともなく、SNSもいつの間にか繋がりが絶えていた私たち。それでも、私はすぐに、行かなくちゃ!と思いました。

同じパートの同級生も同じだったと思います。

それこそ2年ぶりに連絡をとりましたが、すぐに予定は決まり当日に。

 

私も同級生も都会の人間で車の運転ができないので妹にお願いし、初めて後輩の家へ。

 

 

それまで「悲しい」というより「なんで」の驚きが強かったせいか、小さな箱になった後輩を見て、ぐっと目頭が熱くなりました。

 

お作法も、親族との会話も正直もうよくわからなくて、

ただただ目の前の現実を受け止めるのに時間がかかりました。

 

お母さんもすでに他界されていて、お家のことを見ているのは叔母さんだったのですが、これがきっかけでまた繋がる縁もあるだろうし…という話もされていました。

 

不本意ながらも私と同級生が再会するのもその後輩のおかげだったし、ほんとにたくさんのひとがお参りにきてくれたようで、この縁を絶対にわすれちゃいけない、そう思いました。

 

そのあと、同級生とカフェで昔話をし、そのまま新幹線に一人乗り込み、流れていく雪景色を見ながら、私はやっと涙を流しました。

 

 

あまり親しくしてこなかった、というと言い方が悪いのですが、この交流の間柄でもこんなに情緒を持っていかれるのに、身近な人の不幸がきたら、一体どうなっていくんだろう。

 

そんな不安がよぎります。

 

私のために生きてほしいなんてことは言えないけれど、私のために死なないでいてほしい、親しい人みんなに対してそう思いました。とっても傲慢ですが。

 

 

死の恐怖は、大人になったら和らぐと思ったのに。

そういう人生もあるんだな、と飲み込めると思ったのに。

 

誰しもに必ずおとずれる最後が、こんなにも怖いなんて、どうかしてる。