女の子の手を掴んで、夢中で走り出した俺。こんなに小さな子に過酷な運命を背負わせるなんて、神様は意地悪だ。俺なら納得できる、何の目的もなすフラフラと時間を過ごして来た俺なら。でもさ、この子はまだ無垢で純粋な子供だ。なぜ、こんな目に遭うんだ?
食堂でご飯を食べさせながら、どうしたい?って聞いてみる。でも、その子は何の迷いもなく答えた。
【家に帰る】と。とても驚いたが、昔は優しい父親だったらしい。職を失ってから荒れ始め、追い打ちをかけたのが母親の病気だったと。大人のように淡々と話す女の子は、むしろ俺よりも人生経験を積んだように分析している。ここに至るまでのすべてを。
[また殴られない?]
そう聞くと、躊躇いがちに微笑んだ。
[父さんの傷みが和らぐなら、それでいい]
信じられなかった。俺だったら殴り返すし、思いつく限りの暴言を吐いているだろう。けどこの子は、父親の傷みを受け止めようとしている。
[本当に帰るの?]
[私の家だから]
そして、ありがとうと付け加えた。
こんなに自分に優しくしてくれた他人はいなかった。むしろ冷たい目で見られてきたけど、世の中には優しい大人がいると知ったなんて言う。はあ〜子供なのは俺の方か?あの最低な父親から引き離すことが、この子の幸せだと勝手に思っていたけど実は違っていた。人の幸せは他人には解らない、そんな事も知らずに生きてきた。ふっ、どんだけ未熟だよ。そもそも俺は他人を気にしてこなかった、自分第一主義の勝手気ままな人生、立ち止まることさえしなかった。
[いつか、必ずお礼するから]
最後まで大人びた女の子の言葉に笑ってしまう。
[ああ、期待してるよ]
もう、会えないけど。
父親のもとに返すのは不安だったけど、人生を選ぶのは自分自身だ。逃げるのも挑むのも自分自身・・なるほどね、ユノが教えたかった事はそこにあるのか?
[結局、時間切れだな]
誰かに心から感謝されること、それは俺には無理だった。短い時間の中で、今まで感じたことのない経験をたくさんしたけど到達するには足りなさすぎる、俺の成長は。あとは大人しくユナのいる場所へ連れて行かれるだけ。地獄へ堕ちるのも前ほど怖くはない。与えられた時間を無駄にしてしまった俺の人生なら、地獄行きも当然だ。もし来世と言うものがあるのなら、今度こそ誰かのために生きてみたいと思う。あの小さな女の子のように、誰かの傷みを受け止められる人になりたい。
[どうだった?]
相変わらず突然現れるユノ。
[ミッションクリアならずだね]
そう答えつつも心は晴れやかだ、なんの未練もないような気がする。
[そうか、なら地獄行き確定だな]
[ユノは、行ったことある?地獄]
ふんと鼻を鳴らす。
[俺は品行方正な人生だったから、ここにいる]
[試験とかあるの?]
[ん?]
[死神ヌナの友達になる試験]
[まず俺は、ユナの友達ではない。それに、ヌナは死神でもない]
はあ?バリバリの死神でしょ!?俺にミッションを与え、出来なかったら地獄ねって軽く言ったけど?
[あのお方は、天使だ]
はい?
[そして俺は天使見習いのプレ天使だ}
[・・ぷっ・・プレ天使って・・悪魔の顔して何言ってるの・・ふぷっ!]
ここに来てなんの冗談だよ、思わず吹き出す俺。
不愉快そうにユノがジロっと俺を睨む。
[人間も天使も色々な顔がある、それに俺は見習い中だ。そんなに優しい顔はしていない]
いや、ヌナだって優しくなかったよ?何なら悪魔みたいに冷たい顔だったけど。
[天使は、人間に試練を与える。その為に初めは優しくはしない。その人間が相応しいかどうか確認するんだ]
[相応しいって?]
[本当に天国に行ける人間なのか確かめる、その為に時間を与えるんだ。もう一度チャンスをね]
ごめんなさい、頭の良くない俺が話を整理するには時間がかかる。もしかして、これってビッグチャンス?天国へ行けるかもしれない?でも、なぜ俺が天使にジャッチされるんだろう?地獄の番人、えん魔様じゃないの?
[川で溺れている子犬を助けた]
確かに、冬だったけど夢中で川に飛び込んだ。後で風邪をひいたけどね。子犬は可愛かってくれる人に手渡した。
[横断歩道で困っているお年寄りを助けた]
事故に遭われたら通行止めになるからね、当たり前じゃない?
[買ったばかりの弁当をホームレスにあげた]
昼に食べようと思ったけど案外お腹空いてなくて、痩せたホームレスのおじさんの前に置いただけだし。
[天使はちゃんと見ている。その心まで]
[じゃあ、なぜ心から感謝されなような事をしろって言ったの?]
[自分を知らなさ過ぎるバカだから]
[バカって何だよ!]
[行くぞ]
[ヌナの所だ]
[最後の審判ってやつね。はいはい、行きますよ。俺は来世に期待する]
[来世は誰もがあるわけじゃない]
[えっ、そうなの!?本当に?]
俺の声を無視して、ユノは扉を開く。
[行くぞ]
相変わらず地獄の使者のようはユナは、怖い顔で俺を見ている。
[短い時間を大切にしたのか?]
ん〜難問だ、答えが選べない。ただ充実していたよ、俺が生きてきた何十年よりもこの1ヶ月の方がね。
[自分の心に気づけたか?]
いや、今でも俺は最低だと思っている。あの女の子も最後まで見守れなかったし、そういった意味での心残りはなくもない。
まったく表情を変えないヌナがユノに向く。
[ユノ、お前に任せる]
はい?この修行中のプレ天使ってやつに俺の運命を託すのか!?
[承知しました]
いや、するなよっ!
[ねえ、ずっと隣にいないとダメなの?]
[プレ天使の見習いとしては当然だ、1秒たりとも離れることは許されない]
[俺の自由は!?]
[ない]
[じゃあ、地獄でいいし]
[溶けるような熱の血の海、身体を引き裂く針の山・・]
[一緒にいます!]
[ふっ、いい子だ]
ジェジュンは俺の弟子になった。実はヌナには根回しをしておいた。あの子は修行すれば良い天使になれますと。俺と共に学ばせてくださいと何度も願い出てね。
えっ?もちろんだよ、顔も性格もドンピシャなわけ。俺のどストライク!見守るだけなんて焦れったくて、用もないのに顔を出したのもそのせい。めっちゃ可愛くない?ジェジュン💖
[ユノ―疲れた]
[天使になれないと地獄行きだぞ?]
[少しだけ昼寝したい]
[はあ〜少しだけだぞ]
昼下がりの公園で、人間に扮した俺とジェジュンがベンチに座っている。俺の肩に乗せて眠るジェジュンは天使そのものだ。修行中だけど。
このまま人間になれたらな・・そんな事さえ思ってしまう。
来世こそは人間として出会わないか?
そして今度こそ、本当の優しさを知るのもいいよな。愛ってやつもまた然り・・。
子供みたいにプクプクの頬が、膨らんだりしぼんだりする。クスッ・・こんな風に笑うのも久しぶりだ。
遠くでは、あの女の子が父親と笑っているのに気づかないまま、俺達は穏やかな時間を過ごしていた✨
おはようございます✨
連載は強引に終わらせます(^o^;
今日も元気に、いってらっしゃい(=^・^=)*/*☆✨♥