仮現実も残り少なくなって来たのに、まだ俺は達成できていない。心から感謝されるという課題を。

こうして違う人生を経験すると、確かに見えなかった物が見えてくる。気づかなかった誰かの優しさに触れることもあるし、ふとした場面で手助けしたくなる時もある。俺は見ていなかった、自分以外の何も。食堂でご飯を食べるのも、狭い道で先に行く事を譲ってもらうのも、すべてが当たり前だと思っていた。けど限られた時間だと思うと、目の前の景色が最後かもしれないと考えてしまう。今まであり得なかった、ひとつひとつを観察する時間が色々な事を教えてくれる。


公園で夢中で遊ぶ子どもたちからは、その無垢な真っ直ぐさを知り、食堂でご飯を食べている時は、厨房で力の限り鍋を振るお父さんの真剣さを食す。また、食堂で昼ご飯を食べている人々に、生きる必死さを感じる。そんな見方をしたことはなかった。好きなものを食べ、自由に生き、絡む人はその時だけの関係だと重視しなかった。薄っぺらな俺の人生に感謝なんて言葉は存在しない。まして、その心を持ち合わせた瞬間もない。


食堂のお母さんに代金を払う時【ありがとう、美味しかった】と言ってみる。汗をかきながら茶碗を片付けるお母さんが、驚いたように顔を上げる。そして嬉しそうに笑った。

[ありがとうございます!また来てくださいね。大盛りにしてあげるから]

その言葉に俺も思わず微笑む。

そうか、連鎖というのはこういう事を言うのか。優しい言葉には優しい心が返ってくる。冷たい視線には心のない愛想しか戻らない。それを当たり前と思っていた自分に嫌気が差す。そんな事さえプライドだと勘違いをしていた。


店を出ると、また突然黒い影が現れる。

[気づいたか?]

この男の方こそ愛想のない仏頂面だ。おそらく優しい言葉なんて口にした事はないと思われる。

[何が?]

いちいち報告する必要もない。

[地獄に堕ちる前に心を入れ替えても意味はないが、何も知らないよりはマシだ]

そう、俺はきっと地獄行き確定だ。俺が優しさの意味を知っても、誰かが俺に感謝する事はない。ほぼ諦めている、もう時間はない。

[チャンスをやろう、これは反則だが感じ始めた事へのご褒美だ]

[はあ?俺は褒美なんて・・]


死神ヌナの友達ユノが消えた場所に、小学生ぐらいの女の子が立っていた。どう見ても新しくない服は薄汚れているし、髪もボサボサでサンダル履き。そもそも今の時間は学校に行ってるんじゃないのか?関わるのは面倒くさい、見ない振りで通り過ぎてから何となく振り返る。その子はまだそこにいた。視線の先は食堂で、痩せた身体から想像するに腹が減っているのだと思う。俺は考える、どうするのが正解なのかと。


駅前のハンバーガー屋でチーズバーガーとてりやきチキンバーガーを買った。肉には好き嫌いがある、一応保険で二択にする。コンビニでは牛乳とヨーグルトを買い、来た道を戻る。その女の子は、まだそこにいた。

[これ、やるよ]

カサカサと音を立てるビニールの袋を2つ差し出すと、怯えるように俺を見上げる。

[食堂で飯を食べたばかりなのを忘れて買っちまった。だから、やるよ]

それでも不審そうな顔で俺を見ている。

[今買ってきたばかりだ、毒を入れる時間もない]

女の子が袋に触れる。ハンバーガーはまだ温かい。

[いいの?]

初めて聞く声は、意外にしっかりしていた。


日陰のベンチに座り、女の子が夢中で食べているのを見ている。多分、まともに食事をしていないのだろう。その食べ方は森で彷徨って何日も食べていなかった人みたいだ。

[美味いか?]

そう聞くと、大きく頷く。声を出す暇もないぐらいに食べているから返事は出来ないらしい。よく見ると、その頬には小さな傷があった。シャツの隙間から見える背中にも、青い痣?まさか、いや何となくそんな気はしたけど、虐待されているのか?

[なあ、家は近いのか?]

家というワードに、ピクリと反応する。答えの代わりに指さした方向にあるらしい。

[送るか?]

俺の声にブンブンと頭をふる。

[ひとりで帰れるのか?]

もう一度聞くと、間をおいてから頷く。もう、何も聞かなかった。この束の間の穏やかな時間を壊したくない。この子が夢中で食べるハンバーガーが、少しでも心を癒やすなら。


その子は何も話さなかった。食べ終わってからも俺の隣に座って、ビッタリとくっついて離れない。胸の奥がチクリとする。今日の良いことはしたはずだ、礼を言われなくても任務完了。そう思いつつ、どこか気になる。日が暮れて来た頃、ようやくベンチから降りる女の子。

[帰るのか?]

答えたくないようで、小さく頷いて応じる。

[ありがとう]

小さな声と大きな会釈に鼻がツンとする。このまま帰して大丈夫か?

背を向けた女の子の背中に映る夕日が、どこか重い荷物のように見える。俺も立ち上がる、もういいよな?そう思いながらも、その子の後をついて行った。


あまり綺麗ではないアパートが立ち並ぶ場所へ向かう女の子、気づかれないように俺も向かう。

一階にある部屋のドアを開けて入っていく。と、同時に聞こえる怒鳴り声と何かが割れる音。女の子のうめき声が聞こえた時、俺はドアを開けた。

仁王立ちの父親らしき男を無言で殴り、蹴り上げ、そして殴られたであろう顔を赤くして倒れ込んでいる女の子の手を取る。


[行くぞ]

父親が何かを言おうとした時、もう一度思い切り腹を蹴り上げた。ううっとうずくまる父親を無視して部屋を出る。


外はもう暗くなっていた。行き場のない俺達がどこへ向かえばいいのか、そんな事より、とにかくこの子を救いたい・・俺は心からそう願っていた。




おはようございます✨

心を入れ替えると見えるものがありますね、きっと☆

今日も元気に、いってらっしゃい(=^・^=)*⁠⁠/⁠*☆✨♥