今日、生まれて初めてのスーツを買いに行く息子と車に乗っていたときのこと。
いつものように設定している関西のラジオ局、ABCから、毎日聞いているなじみのあるパーソナリティ、三代澤康司氏の声が聞こえてきた。
話のネタは、岐阜県でのブランド米の話。
値段は高いのだけれども、凄く美味しいとのこと。
三代澤氏が実際食べたのを放送しているのではなく、元農水省のお役人が偶然見つけたこの米を食べ、米の専門家であるこのお役人が、「これは美味しい」と、農水省を辞め、この米を販売する会社を作ったとのこと。
僕も息子も、この珍しい、そして米の専門家が美味しいと絶賛した米を食べてみたいと思ったのは言うまでもありません。
でも、この米は実際見たこともないし、食べたこともないものです。
どうして、こんなに食べたくなって、記憶に残ったのでしょう?
この三代澤氏も、テレビでやっているグルメ番組のように食べて「美味しい~」なんて言っているのではありません。
単に、この元農水省のお役人の話をしただけなのです。
僕なりに考えてみました。
元農水省という米の専門家が、「美味しい」と公務員の地位を投げ打ってまで掛けた米であること。
このお役人が偶然見つけた米で、これを広めるためには、販売会社を立ち上げる他ないということになり、起業したというストーリー。
そして、広告枠ではなく、なじみのパーソナリティが話すネタとしての話。
それが口コミ効果と同様の信憑性を感じさせ、話のストーリーとしてのインパクト、そして専門家による評価、それが、僕たち親子に、高くても食べてみたいと思わせるものがあったのだと思われます。
それをさらに感じたのは、その話題のあとに、同じパーソナリティが行った広告としての食品の紹介。
これは広告だな、と感じた時点から、その商品が本当に美味しいのかどうか信用ならなくなってきたのです。
既に、何の食品だったか忘れている僕が、その効果があまり無かった証拠ですね?
僕は、不動産業者なので、業界でよく聞く話があります。
「知り合いに聞くと、この物件は高いって言うから・・・・」と、お客さんが言っていると。
何をもって、この物件が高いのか?聞いても要領を得ません。
どういう根拠で言っているのか?
「知り合いが言っていたから」と。
その知り合いは不動産の専門家でも、土地家屋調査士でも、なんでもありません。
専門家である不動産業者の話よりも、専門家で無い知人の方を信じてしまう。
それは、専門家である不動産業者よりも、専門家でもない知人の方が、その人にとって信じるに足る人だってことなんですよね。
ましてや、知り合いの友人に専門家がいて、その人がそう言っているから、なんてことになったらお手上げです。
その専門家がどういったのか、根拠は?なんてことは、どっかに吹っ飛んで、あっちは信じれる、こっちは騙される、っていう図式が完璧に出来上がってしまうようです。
信頼感のある知人や関係の無い人が言うことは、損得勘定が無いので正しくて、自分に営業をしている不動産屋は信じれないということなのでしょうね。
二つの話から、いろいろ学べますね。
営業での話かどうか?誰が言った話なのか?ストーリ性、話題性はあったのか?
あなたのビジネスはどうでしょうか?