翌朝、水曜日の朝、健太はいつの間にか、
母親の君江の横で、ベッドに突っ伏して
眠ってしまったようだった。
特養のスタッフが起こしに来て、やっと
気が付いた。
「佐藤さん、大丈夫ですか。
少しゲストルームに戻られたほうが
良くないですか?」
「ありがとうございます」
健太は時計を見た。午前8時に近かった。
「僕は、このまま職場に行きます。
姉が9時ごろ来ると思うので、その間、
おふくろの事よろしくお願いします」
「かしこまりました。佐藤さん、無理を
なさらないように気を付けてくださいね。
長丁場になりますからね」
何度も看取りを経験しているベテランの
スタッフなのだろう。
健太があまり眠れてないのを気遣ってくれた。
健太は頭を下げると、急いでゲストルームの
ゴミを持って、車に乗り込む。
途中のコンビニで、飲み物と朝食を買って、
職場に向かった。
職場に着くと、黒木が健太を見つけて
声をかける。
「佐藤先輩、大丈夫ですか。
お休み取ってもらっても良いんですよ」
「ありがとう、黒木。でも、長丁場になる
かもしれないからな。ちょっと、会議室で
朝めし食べさせてもらうな」
健太が部下に隠れてこっそり食べている所に、
間が悪く大村課長が入って来た。
「おいおい、何だ健太、今ごろ朝めしか。
寝坊でもしたのか」
大村課長は、同じ課長の地位になったとは
いえ、相変わらずの上から目線だった。
「大村課長、すみません。
実は特養に入所している母親の容態が急変
しまして、今、もう意識が無いんです。
ひょっとすると、葬式とかでご迷惑をかける
ことになるかもしれません。
その時はよろしくお願いします」
健太は、正直に話す。
すると、大村課長の顔色が変わった。
「そうか、それは大変だな。身体に気を
つけろよ。この部屋、10時から使うからな」
去年の正月に大騒ぎした大村課長の母親は、
今は特養に入っていて、そのまま安定して
いるらしかった。
自分の母親の事もあるからか、大村課長は
珍しく健太に優しい言葉をかけたのだ。
午前9時ごろ、楓は特養に着いた。
「お母さん、おはよう。楓だよ」
君江を揺り動かしてみると、時々うっすらと
目を開けるが、しばらくするとまた閉じて
しまう。一日中、そんな状態だった。
昼頃、みどりがやって来た。
職場の制服を着て、手には大きな袋と
小さな袋を持っていた。
「楓先輩、お疲れになったでしょう。
フルーツサンドとコーヒー持ってきました。
ゲストルームでしばらく休憩してください」
特養は、入所者の誤嚥事故などを防ぐため、
面会者は入所者の前では飲食ができない。
楓は、ゲストルームで、カフェ ル ボワ
シャルマンのフルーツサンドとコーヒーを
飲んだ。
「おばさん、みどりです。
やっと会いに来れました。
おばさん、私ね、今おばさんの部屋で
暮らしているんですよ。
おばさんの匂いがする部屋で、毎日安心して
暮らしています。
おばさん、ありがとうございます。
これからも、健太の側で暮らしても
良いですよね」
みどりは、君江の手を握りしめながら、
優しく声をかける。
一瞬、君江が薄目を開けて、小さく
うなずいたようにみどりは感じた。
楓が戻ってくると、みどりは大きな袋を
楓に渡す。
「これ、健太の着替えが入っています。
汗ばむ時期だから、ちゃんと着替えるように、
楓先輩から言ってくださいね。
とりあえず、二日分入ってますから」
「みどりちゃん、ありがとう。あなたも健太
がいないからって、無理をしないようにね」
みどりは、顔見知りのスタッフに声をかけ
ながら、仕事に戻って行った。
健太! みどりは優しいね!
TO BE CONTINUED・・