祝日の朝、ノンビリとテレビを見ているとダライ・ラマ14世とチベット亡命政府の話題が。
偶然だなあ、ともう一つ。
「♪袖振り合うも多少の縁~」と、竹内まりやが歌うNHK朝のテレビドラマ主題歌を聞きました。
「袖振り合うも多少の縁」で検索すると、
「袖がふれ合うような、ささいなことでも因縁のようなものでつながっている。」
というように書いてあります。
このことわざって色々な字があります。
たぶん元々は
「袖擦り合うも他生の縁」というのなんじゃないかと思います。
「他生」というのは、人は「輪廻転生」を繰り返し生まれ変わります。
前世のことは覚えていませんが、袖が擦れ合うような些細なことでも前世の縁があってのこと。
仏教的な背景のある言葉なんですね。
さて、ダライ・ラマ14世も先代が亡くなったあと、生まれ変わりを捜索によって見出されたということです。
生まれ変わる地域が予言され、その地域で生まれた子供も特長や癖などから候補者を選びました。
先代の遺品と模造品を差し出したところ、ダライ・ラマはいずれもホンモノの遺品を選び、
「ボクのものだ。」と述べました。それで、生まれ変わりと認められました。
非常に神秘的な話ですが、本人に自らを生まれ変わりと信じるかと問うと、
「そうは思わない。」と答えているそうです。