ウクライナの戦局が見通せない中
逼迫する世界のエネルギー需給
に乗じて「原発を再稼働させよう」
という声が政権与党から上がり始
めた。福島の原発事故から11年
が過ぎた今なお、格納容器内の
デブリさえ何一つ処理できない深
刻さに知らぬ顔を決め込む暴論
である。ウクライナでは原発関連
施設が次々砲撃され、欧州だけ
でなく世界全体に核物質拡散の恐
怖が募る。そんな時に再稼働を口
にする無節操さを厳しく指弾したい
。
自民党の細田博之衆院議長は10
日、「石油価格は高騰している。(
党の電力安定供給推進委は)原
発再稼働に向けて努力していきた
い」と訴え、近く政府に決議書を提
出すると表明した。歩調を合わせ
るように松井一郎維新代表や玉
木雄一郎国民代表も相次いで再
稼働容認の声を上げた。今も続く
「3・11」の原発事故の惨状に気配
りさえ忘れた振る舞いだった。
思わずこの3人の鼻面をつかんで
、廃炉作業が続く福島第一原発の
作業現場に連れて行きたくなったほ
どだ。一度事故が起きれば、原発が
どれほど人々の生活を根底から覆
すかを、福島の事故が示している。
毎日新聞の12日付け記事によれば
、1~3号機では溶け落ちた燃料デ
ブリの総量は推定880トンにのぼる
が、取り出せたのは2号機内のたっ
た数グラムという。東電の作業員は
格納容器に近寄れず、ロボットアー
ムを使う作業は難航を極めている。
放射線量は毎時3ミリシーベルトもあ
り、1人の作業時間は1日10~15分
に限られる。政府の廃炉工程によれ
ば、2051年12月に終了することに
なっているが、専門家でそれを信じ
る者は皆無に近い。福島の事故直
後から自分の出演したラジオ番組で
連日、事故の内実を語ってもらった
小出裕章・元京大助教は「燃料デブ
リの取り出しはこのままでは100年
経っても不可能」と述べていた。その
後の現状は言葉通りの推移を見せ
ている。
溶融した炉心には広島型原発の約
7800発分のセシウム137が存在
しているという現実。小出さんは当
初から「福島の原発は石棺で閉じ込
めるしかない」と指摘していたことを
思い出した。11年後もこの提言は
変わっていない。
細田衆院議長ら原発再稼働賛成議
員がウクライナ侵攻によるエネルギ
ー供給危機を持ち出すのであれば、
その前に福島と同じレベルの事故を
起き、石棺で覆ったチェルノブイリ原
発がロシア軍の砲撃を受け、核拡散
の危機にさらされていることに注意を
向けるべきではないか。一時は全電
源供給停止の事態に追い込まれて
しまった。いったんことあらば、原発は
「制御できないエネルギー」を発するこ
とを改めて痛感させる。
ウクライナの3基の原発を砲撃させ
たプーチン大統領は「悪魔の所業」
として歴史に断罪されるのは明白だ
。そこからくみ取るべきは原発の脆
弱性でもある。上空から攻撃されれ
ば、為す術もない。仕方なく、再稼働
推進議員らは「自衛隊で常時警備を
」と言い始めた。血税を使って、また
さらなるコスト増を招くのは必至だ。
国内で稼働する原発は6基。福島の
事故前、原発による発電量は年間
の発電量の26%だったが、昨年度
は3・7%に低下できた。危険な原発
への認識が広がったせいでもあり、
この流れを逆回転させてはならない
。福島県飯舘村に住む田尾陽一・元
工学院大教授は「原発を作るという
のは、自分で爆弾を作ることと同じ。
エネルギーの安全保障のために動
かすというのは子供だましの話」と
指摘した(ロイター電)。生活を根こ
そぎ奪われた地域の一被災者の叫
びとして重く受け止めたい。
【2022・3・13】