「天下は悪に亡びずして愚に亡ぶ」。
金沢勤務時代に知り合った禅宗の
高僧、板橋興宗氏(故人)はこう教
えた。「悪」は自覚して反省すれば
、そこに救いがもある。しかし、何
が「悪」なのか、何が「愚」なのか、
それが分からないのを本当の「愚」
という意味だ。退陣する菅義偉首
相は自らの愚かさに気がつかず、
国政に大混乱をもたらしてしまった
。政局は一挙に自民党総裁選に移
ったが、メディアはどの候補者にも、
安易に「国民的人気」という言葉を
使うべきでない。心しておくべきは、
ほとんどの有権者に投票権がない
ことだ。有権者に首相を選ぶような
錯覚を与える過大報道が罪深いこ
とを意識しておくべきだ。
権力の心地良さばかりに心奪われ
、大事な言葉を一切発することがで
きなかった菅首相。常套句の「そこ
は」や「それは」の中身が伝わらな
かったのは、使うべき言葉を知らな
かったためだろう。それを自覚しな
かったのは、暗愚と言われても仕方
ない。権謀術数だけで人を蹴落とす
ことに砕身してきた人生の末路はあ
まりに無残に見える。憐憫さえ思わ
せる象徴的なシーンを、麻生太郎
財務相の地元の西日本新聞の二
人の記者が詳細に伝えていた(4日
付け)。
記事によると、菅首相は総裁選の票
集めに行き詰まり、河野太郎行革相
を党の要職起用で乗り切ろうとして2
日夜、河野氏所属の派閥のトップ、
麻生太郎氏に了解を求めようとした。
すると、麻生氏は声を荒げ「おまえと
一緒に、沈めるわけにはいかねえだ
ろう」と断られた。それでも説得した
が、首を縦にふられることはなかった
。安倍晋三前首相にも党人事への
協力を求めたが、こちらも「三くだり
半」を突きつけられた。
驚くのは、「黒幕」たちの非情さと、
使い捨てられた権力者の悲惨な末
路である。麻生氏とのやりとりは、「
ヤクザの親分子分」を思わす。親分
の非情さと「沈めさせられる」子分
の殺伐とした心情を想像させる。こ
んな輩に国の舵取りを約10年も託
していたかと思うと、改めて背筋が
凍る思いになる。
その麻生派から河野氏が総裁選に
名乗りを上げた。「親分」は「自分で
やれ」と派あげての全面協力は約束
しなかったという。メディアは河野氏
や石破茂元幹事長に対し「国民的
人気が高い」と枕詞のように付ける
。しかし、それは妥当ではない。確
かにどの世論調査でも、「次期首相
に期待」の問いに、二氏はそれぞれ
15%前後の支持を集めるが、そん
なわずかな数字だけで果たしてそれ
を「国民的人気」と言えるのか、強い
疑問を覚える。安倍・菅氏に対する
不満を持つ党内の不確かな数の塊
に過ぎないのではないのか。二氏の
政策の中身に共感した調査数字
には見えない。
安易にもてはやすと、碌な結果をも
たらさないことは菅首相の就任当
時の数字を見れば、明らかだ。最
初の内閣支持率はどこも70%近く
あった。メディアが一斉に「雪深い
田舎から出てきた」「ホットケーキ
好き」などと他愛もないフレーズを
付けて人物評価してきた影響が
大きい。政治家としての資質を十
分検証する報道は皆無に近かっ
た。
河野氏も漠然と「若手から支持を
集める」と言われるが、政策はブ
レの連続である。野党当時「反原
発」を掲げ、一時期支持を広げた
。しかし、安倍内閣で閣僚に起用
されてからその旗を収め、「反原
発」を一切口にしなくなった。外相
になってからは、「外相専用機が
ほしい」など勘違い発言が目立っ
た。コロナワクチンでも何度も自
治体に混乱をもたらしたのに、非
を認めず謝罪や説明もしなかった
。記者会見では答えたくない質問
に「次の人どうぞ」を4度も繰り返
し、傲慢ぶりを見せつけた。
石破氏も二階氏に擦り寄るだけ
で、まだ出馬の決断もできない。
一貫性のなさは昨年の総裁選に
敗れて菅首相支持の発言を繰り
返していたことでも明らかである
。負の遺産ばかりを残した「安倍
・菅政権」を総括するためにも、
メディアには今こそ候補者らとの
距離感をもった報道が求められ
る。最重要なのは、間近の衆院
選である。
【2021・9・5】