望月衣塑子記者の「内なる敵」 | 平野幸夫のブログ

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ギリシャ語を語源とする「クロニクル」という
言葉があります。年代記、編年史とも訳されま
す。2014年からの独自の編年記として綴りま
す。

 






「事務所にも後援会にも入金もな
く領収書も発行してもない」。8
50人もの夕食会を有名大ホテル
で開いた安倍晋三首相は臆面もな
く説明した。それを問いただすこ
ともできない官邸記者クラブのメ
ンバー。それどころか首相の国会
答弁が破たんした20日夜には官邸
記者クラブのキャップらが首相を
囲み高級中華を食す始末である。
どちらを向いて仕事をしているの
か。「知る権利」の行使を有権者
から託された自覚もない記者の姿
をみて、先日全国公開された映画
「i新聞記者ドキュメント」が追
った望月衣塑子記者(東京新聞)
を苦しめる「内なる敵」に映った
。事実を隠し続ける政権に立ち向
かうシーンの数々の背後の垣間見
えるのは、「保身」や「忖度」に
まみれた「身内」の取材妨害の罪
深さである。


官房長官会見で何度も質問を重ね
て菅義偉長官から答えを引き出そ
うとする望月記者の取材手法を実
はずっと懐疑的に見ていた。自分
の調査報道経験からみると、新聞
記者は紙面掲載ができるまで取材
の精度を最大限高めるのが重要で
、十分な裏付けがあれば、記事を
当局が認めるかどうかは事後的に
すぎないと思っている。望月記者
は相手に認めさせることだけにエ
ネルギーをかけ過ぎ、と批判的に
見ていた。


この夏望月記者をモデルにして反
響を呼んだ映画「新聞記者」の続
編の今回の映画もそんな視点から
見始めた。しかし、菅長官とのや
りとりばかりがクローズアップさ
れていた望月記者の日常の取材活
動を丹念に追った森達也監督のリ
アルな映像はそんな危惧を吹っ飛
ばしてくれた。地道に多方面への
取材を精力的に重ねる彼女の姿に
深い共感を覚えさせられた。不当
な権力行使によって苦境を強いら
れる弱い名もない人に代わって、
その不当さをアピールする記事を
書き続ける姿を見て、その背中を
押したい気分さえ募ってきた。


森監督が特に浮かび上がらせた望
月記者の主な取材テーマは「辺野
古新基地建設」「伊藤詩織さん準
強姦事件」「森友・加計学園事件
」である。当事者へのインタビュ
ウー取材に基づいた菅長官への質
問は根拠があり、政府にとって不
都合な部分を的確に衝いていた。
冷笑を浮かべながら質問に答えな
い菅長官の表情からその都度卑劣
な権力者の驕りを垣間見せた。ド
キュメンタリー映像の特性を駆使
して見事だった。


森監督の意図通り、観客はこの国
のメディアの病理を感じたのでは
ないか。「出る杭」を打つように
後ろ向きの指示を与える上司、官
邸広報室の度を越した質問妨害を
容認している官邸記者クラブの同
業他社のメンバー。フリーランサ
ーの記者を入れない排他的なクラ
ブ……。そんないびつな取材現場
の数々は、政治記者らが特権階級
意識にまみれて劣化していること
を示す。政治取材で異端視される
社会部所属の望月記者が開けよう
とする既得権益の岩盤は厚い。そ
れでも心ある他社の記者らのサポ
ートを受けながら前進しようとす
る姿を応援したくなる。理不尽な
ことへの強い怒りが根底にあるか
らだ。


それにしても、血税を使って地元
の支援者らを花見で飲み食いさせ
た安倍首相が官邸でぶら下がり会
見で済まそうとすることに、抗議
もできずわずか数分のぶら下がり
に群がる若い政治記者に眉をひそ
めさせられ通しだ。全員今回の映
画を見て、わが身を恥じるのでは
ないか。政治をこれほど劣化させ
てしまったのは、ジャーナリズム
が権力監視機能を十分果たせなく
なったせいでもあることを強く実
感させられた。


   【2019・11・21】


(写真は望月衣塑子記者、「i新
聞記者ドキュメント」のパンフ
レットから)