テレビは昼夜「あおり運転男」の
異常行動ばかりを流し、他の大事
なニュースを報じない。一方で隣
国韓国に対する輸出規制が世論調
査で6割もの支持を得ている。「
外に敵を作り反感をあおって、内
なる矛盾を隠す」。古今東西、行
き詰まった為政者が使った常套手
段が繰り返される。まさに現政権
の目論見通りだろう。しかし「嫌
韓」がブーメランのように地域経
済が深刻な打撃としてはね返って
いる。ナショナリズムをあおる政
権がひたすら国益を損ない続け、
地域を疲弊させている現状を直視
しなければならない。
格安航空路線だけでなく、ついに
大手の大韓航空が日本路線の大幅
縮小に踏み切った。既に福岡、佐
賀、長崎など九州を中心に韓国か
らの観光客が激減、旅館・ホテル
業界が前年より3割も収入が減っ
たという窮状が伝えられた。この
動きは全国に波及、さらに地域経
済の衰退に拍車をかけそうである
。
韓国の世論調査で「今年は日本に
行かない」と答えた回答が81・8
%にのぼったという。昨年、来日
した韓国人旅行客は史上最多の7
50万人に達したが、このまま激
減し続けるのは必至だ。なぜこれ
ほどまでに一気に「反日感情」が
高まってしまったのか。徴用工と
従軍慰安婦という恥ずべき歴史の
記憶に真摯に向かい合わなかった
ことと、韓国政府がそれを口実に
過度に政治利用したせいである。
両政府によって双方のナショナリ
ズムがあおられ、お互いが傷つい
ている愚かな構図であるを認識し
ておきたい。
これまで何度か取材で韓国を訪れ
たことがあるが、その中で忘れら
れない光景がある。韓国・慶尚南
道の晋州(チンジュ)市の公園を
歩いていた時、近くの川、南江沿
いの小さな祠に線香を持った女性
らの列が続いていた。聞けば、あ
る16世紀末に文禄・慶長の役で
その地を侵略してきた加藤清正の
配下の武将毛谷村六助と抱き合い
心中をした妓生・論介(ノンゲ)
の功績を讃える祠だった。官吏だ
った夫の戦死後、官妓になりすま
した論介は宴席から酔った六助を
誘い出し、川のほとりで六助に抱
きついて一緒に身を投げたという
。川岸にはその忠節を讃える「義
巌」と呼ぶ岩場まで残る。論介は
今も英雄として讃えられ、祠に供
花を絶えることがない。
この悲話は侵略された側の国の民
が数百年たってもその恥辱を忘れ
ないないことを教える。まして、
日本に併合され、創氏改名で名前
まで奪われた苦難と恥辱をわずか
100年余で忘れるはずもない。
朝鮮民族の命と富を収奪した罪状
に真摯に向き合わない安倍晋三首
相がその歴史を忘れたかのように
新たに繰り出した輸出規制など認
めないのは当然だろう。経産省は
輸出規制を安全保障上必要と強調
するが、過去日本製の部品材料が
どう北朝鮮に流出して軍事転用さ
れたのか一切説明できていない。
これに韓国国民が納得できる方が
おかしい。
韓国政府も国際条約締結を無視す
る振る舞いであるのも確かだ。ナ
ショナリズムがなぜ高まるのか。
気鋭の国際政治学者、遠藤乾・北
海道大教授はこう分析する。
一つには自らの存在に対する深い
不安がある。これは支えのなくな
った近代人に特有の情動である。
……生活に余裕がなく理性の声を
聞く能力に乏しい貧民や快楽に溺
れる富者と異なり、寛容や友情と
いった美徳を発揮し、知恵や能力
を磨く最適なポジションである中
間層が希薄になり分断されれば、
粗野な情動、例えば排外ナショナ
リズムに直結する可能性が高い。
(毎日新聞オピニオン欄)
グローバル化を賛美する小泉、安
倍政権によって格差社会が進行、
崩壊してしまったこの国の中間層
。長い目で見れば「他者を憎悪す
る風潮」を減じるためにも、中間
層の再構築が政治の最大テーマ
かもしれない。
【2019・8・21】