語り継ぎたい「B面の現代史」 | 平野幸夫のブログ

平野幸夫のブログ

ギリシャ語を語源とする「クロニクル」という
言葉があります。年代記、編年史とも訳されま
す。2014年からの独自の編年記として綴りま
す。





「強い光ほどその影は濃い」。文
明や技術の進化に伴う負の影響は
よくこんな例えをされる。フェイ
クニュースがあふれるSNSを見
ていると、それをよく実感する。
評判の映画「焼肉ドラゴン」を観
た後も、この言葉が頭に浮かんだ
。日韓で数々の賞を総なめにした
評判の舞台を映像化、人々の記憶
の底に沈んでいた出来事をよみが
えらせる。差別や戦争の傷跡を真
正面から取り上げながらも、心温
まる家族愛を描く。改めて「B面
の現代史」とも言うべき負の歴史
を語り継ぐ大切さを教える。


2年後の東京五輪の式典演出のス
タッフが決まった。メンバーの山
崎貴さんは映画「ALWAYS 
三丁目の夕日」の監督。まだ演出
が決まったわけではないが、安倍
晋三首相をマリオ姿でリオデジャ
ネイロ五輪式典に登場させた佐々
木宏氏や日本礼賛の楽曲作りで知
られる椎名林檎らの起用は、国威
高揚色の強い演出を危惧させる。
安倍首相や「神の国」発言の森喜
朗元首相(五輪組織委員会会長)
の意向に沿ったと思わせ、日本の
高度成長を礼賛する内容一色にな
るのは今から想像できる。野村萬
斎氏が「鎮魂と再生」をテーマに
すると言ったが、福島の原発事故
後の悲惨な状況を「アンダーコン
トロール」と世界をだまして招致
しことを抜きに表現できるのだろ
うか。原発事故抜きなら欺瞞にみ

ちた式典になるはずだ。


「焼肉ドラゴン」は「ネトウヨ」
らから反「ALWAYS 三丁目
の夕日」の映画と攻撃されている
。それは、騒乱の韓国済州島から
逃げて、大阪府伊丹市の在日コリ
アン集落に住みついた焼き肉店一
家がいわれなき差別と闘いながら
、国から非情な立ち退きを要求さ
れるシーンの数々を重ねているか
らだ。フィクションながら、映像
は1950年代から70年代にかけ
て、日本の各地であった在日コリ
アン集落を見事に再現、無意識の
うちに在日の人らを差別した苦い
過去を思い起こさせる。


俳優らも熱演。自ら志願したとい
う大泉洋は北海道出身と思わせな
いほど、上手に関西弁を発し存在
感がある。真木よう子、井上真央
、桜庭ななみら女優陣も皆この作
品を代表作と呼んでもおかしくな
い演技を見せる。韓国の名優らの
演技も素晴らしい。監督の鄭義信
自身も在日コリアンで、これまで
にも話題作を提供してきた。日韓
で絶賛された舞台の脚本は特に韓
国側からの強い要請があったこと
から脚本の執筆を引き受けたとい
う。以前見た「血と骨」は救いの
ない映像の繰り返しで自分にとっ
て低い評価だった。しかし、今回
はほろ苦さと共に、明日への前向
きな気持ちも奮い立たせてくれた
。「小さな焼き肉店の大きな歴史
を描きたい」と言った監督の言葉
通り、人がどの国で生まれたかや
育ちで差別されてはならないとい
うメッセージ性が静かに心に染み
入る。



日本ではヘイトスピーチを禁止す
る条例が各地で制定されながらも
差別スピーチが公然と繰り返され
る。そして安倍政権の中枢や周辺
にいる人物から国家主義的な差別
発言が目立つ。安倍首相お気に入
りの稲田朋美前防衛相や比例一位
にさせた杉田水脈議員らはその典
型だろう。「安倍支持」の「ネト
ウヨ」らが「万引き家族」やこの
映画を執拗に攻撃しているのは、
日本の現代史の見たくない部分を
存分に描いているためだろう。偏
狭なナショナリズムで凝り固まっ
た議員には我慢ならない内容では
ないか。


この映画を見た後、幼かったころ
の記憶がよみがえってきた。街の
あちこちに傷痍軍人があふれ、大
人の口から、原爆や焼夷弾による
恐怖が切迫感を伴って語られた。
八月は戦争の犠牲者への鎮魂の行
事があちこちで行われた。幼な心
に平和の貴重さを思ったものだ。


もうレコードは死語になりつつあ
るが、A面よりB面の方が心打た
れることがよくあった。「焼肉ド
ラゴン」はそんな「B面」と誇ら
しく言うべき映画だろう。


   【2018・8・1】

(写真は(C)2018「焼肉ド
ラゴン」制作委員会の一コマから