ここまで「独裁の毒」が及んだか
。国会で安倍首相の所信表明中に
自民党員が突然起立して拍手し続
けた異様な光景に、そんな思いを
強めた。ことさら自衛隊員や警官
らだけをたたえたのは、改憲への
強い決意と驕りの表れであり、そ
れに無思考に従った自民党議員は
言論の府である国会への侮辱行為
として強く指弾されるべきである
。ひたいに汗して働く一般国民と
区別して自衛隊員らだけに拍手を
求める首相の価値観に改めて寒気
がもよおす。思わず本音をさらけ
出したこの政権の体質にメディア
はもっと危機意識を高めなければ
ならない。
安倍首相の意を受けた側近の萩生
田光一が若手議員に起立・拍手を
求めた経過が判明した。後日、さ
すがに自民党内部でも問題視され
反省の言葉を述べる議員も出始め
た。同じ行動をとらなければ、異
端視されるという意識があったい
い、同調した若手の小泉進次郎氏
さえ「あれはない。ちょっとおか
しいと思いますよ」と言い訳をす
る始末だ。
着々と憲法の精神を骨抜きにして
いる安倍政権にとって、国会での
自衛隊の称揚など当然と思ってい
るのだろう。安倍首相は反省どこ
ろか、「野党議員も拍手すればよ
かった」と性懲りもなく居直って
いる。
言論の場であることをわきまえる
こともできず、ただ「指示に従っ
ただけ」と言い訳をする自民党議
員の姿を見て、ナチズムの根源的
悪を喝破したドイツ系ユダヤ人の
女性哲学者、ハンナ・アーレント
が数百万人を強制収容所に送り込
んだナチの戦犯アイヒマンについ
て述べた言葉が頭に浮かんだ。
「(アイヒマンは)『自発的に行
ったことは何もない。善悪を問わ
ず、自分の意志は存在しない。命
令に従っただけ』と言った。世界
最大の悪は平凡な人間が行う悪な
のです。そんな人には動機もなく
、信念も邪推も悪魔的な意図もな
い。人間であることを拒絶した者
なのです。……(アイヒマンは)
人間の大切な質を放棄しました。
思考する能力です」
今回、無思考に差別的な起立・拍
手をした自民党員とどこか重なる
。指示を受けても「それはやって
はなりません」となぜ言えなかっ
たのか。衆議院議長さえ見かねて
制止するような言論の府での逸脱
行為を正せず、同調した議員の多
さに、暗然とする。
国権の最高機関である国会の有様
は、この国は想像する以上に「全
体主義の萌芽」が根深く育ちつつ
あることを実感する。安倍政権が
目論む改憲はもう指呼の間にある
のではないか。それでも、その策
動を止めるため、アーレントの別
の言葉を改めてかみしめたくなっ
た。
「思考ができなくなると、平凡な
人間が残虐行為に走るのです。思
考の嵐がもたらすのは、善悪を判
断する能力であり、美醜を見分け
る力です。私が望むのは考えるこ
とで人間が強くなることです。危
機的状況にあっても、考え抜くこ
とで破滅に至らぬように」
【2016・9・29】