古代インド 25 カウシャーンビー(Kausambi)
久しぶりのコインの記事です。
ポストマウリヤ朝時代の小国家の古代コインの続きになります。(新たに入手したPMC、インドパルティア、山の記事が間に入っていますが、順序的には「古代インド22 パンチャラ5」の次の記事になります。)
カウシャーンビー(Kausambi/Kaushambi)は古代十六大国の一つヴァッサ国(Vatsa)の首都であった都市で、ガンジス川とヤムナー川の合流点の近く、現在のウッタルプラデーシュ州南部に位置する町です。日本人が知っている観光地としてはヴァーラーナシーに比較的近い所です。(と言っても結局良く分かりませんが。)
カウシャーンビーの位置
インドの古典ヴェーダによると、クル国の首都ハスティナープラがガンジス川の洪水で破壊されたため、首都をこの地に移し建国されたとされています。その後、16大国のヴァッサ国の首都を経て、マガダ・マウリヤ朝・シュンガ朝・グプタ朝時代を通じて重要な商業都市として機能し、ウダヤナ王の治世に仏陀も訪れたと仏典に記録されています。シュンガ朝時代には首都がパータリプトラからカウシャーンビーに遷都された可能性もあり、その衰退期にはカウシャーンビーはマガダを含む周辺地域を版図として栄えたと考えられています。
尚、後代7世紀には、玄奘もインド滞在中にカウシャーンビーを訪れ、伽藍が十数か所・僧侶が300人程いたと記録しています。
古代の主要な商業都市であったため、ポストマウリヤ朝時代も沢山の種類の銅貨を発行しています。
(Coins of Ancient City State, Kausambi)
大きく分けると、エレファント・シリーズと呼ばれる象のモチーフが表にあるもの、ランキーブル・シリーズ(Lanky Bull/スリムな牛)と呼ばれる鹿のように見えるやせた牛のモチーフのもの、コブウシが表に・王銘がブラフミ文字で裏に記載されているもの、その他のタイプがあります。
1.エレファント・シリーズ
(Elephant series)
AE 1/2 Vimsatika ?(75 rattis?), Kosabi,7.84g/28.2x24.9mm, ref. Mitchiner 4580 var.
表:プラットフォーム上に左向きの象。下に波状のモチーフ。上にブラフミ文字で「𑀓𑁄𑀲𑀩𑀺 /Kosabi」、左(象の前)にスタンダード(インドラの戦旗)、右にウジャインシンボル(末端が点の十字)と不明シンボル(6條の曲線からなる風車のようなモチーフ)。
裏:中心に柵に囲まれた木、上にウジャインシンボル(末端が〇点の十字)、左に三つの丘とその上に三日月のシンボル(?)、右にプールの中に4匹の魚、その下に卍。
*ウジャインシンボルとは、インド古代の港湾都市ウジャインで大量に出土するコインに刻まれているシンボル。シンボル自体も細かいバラエティーがあり、シンボルの由来や意味は諸説ある。
Mitchinerによると、エレファントシリーズが一番古く、重量単位も最初期(紀元前232~185年頃)がVimsatika (100 rattis)単位、その後(紀元前185~160年頃のものはカルパシャナ単位としています。
(参考)
大英博物館収蔵個体(上部に「𑀓𑁄𑀲𑀩𑀺 」Kosabiとタイタム文字(ブラフミ文字ではないのだろうか?)で記載。デザイン的には同じタイプ。重量の情報/裏面の写真が無いので完全に同じタイプかは不明。)
Kosambi cast copper coin. 1st century BCE. Inscribed 𑀓𑁄𑀲𑀩𑀺 Kosabi in the Tai Tham script at the top. British Museum.
出典:ウィキ(File:KausambiCastCopperCoin1stCenturyBCEInscribedKosabi.jpg - Wikimedia Commons・attribution to I. PHGCOM
この二つを比べると全体的な雰囲気・金属の風合いがかなり異なる。自分の所有する個体は磨きすぎたのか、真鍮のような風合いが気になります。
AE 1/2 Karshapana, 4.64g/16.1mm, ref. Pieper-1103, Mitchiner 4580 var.
KAUSAMBI: ca. 2nd century BC, AE unit (4.67g), Pieper-1103, elephant left, Indradhvaja & swastika to left, 6-arm symbol above // railed tree, hollow cross & swastika left, hill right, bold VF-EF, R.
表:左向きの象。上に6-armsシンボル、左(象の前)に卍とスタンダード(戦旗)、右にタウリン。
裏:中心に柵に囲まれた木、左に卍と中空十字、右にタウリンと三つの丘とその上に三日月のシンボル。
AE 1/2 Karshapana, 4.00g/16.0mm, ref. Pieper-1103, Mitchiner 4580 var.
同上。
2.ランキーブル・シリーズ
(Lanky Bull series)
AE Karshapana, 6.54g/27.2x25.4mm, ref. Mitchiner 4588 var.
表:左向きの痩せた牛。縁にブラフミ文字のようなものがあるように見える。
裏:柵に囲まれた木。周囲にシンボルか文字。
ミッチナーの図録のものは各種シンボルが表裏に複数あるが、文字は無い。この個体は図録のものとはかなり異なります。
AE 1/2 Karshapana, 4.36g/22.2mm, ref. Mitchiner 4588
表:左向きの痩せた牛。前にスタンダード(軍旗)。上(右上方)にナンディパダ。
裏:柵に囲まれた木。左上に取りトリラトナ(仏教の三宝)、左下にダルマ(法輪)、右上にウジャインシンボル、右下に卍。
これは典型的なランキーブルシリーズのコインです。
AE 1/4 Karshapana, 1.15g/12.4mm, ref. Mitchiner 4588 var.
細かいシンボルは特定できないが、多分上記と同じ。
このタイプはカルパシャナ(8.8g程度)から2g程度まで同じデザインで紀元前160-120年頃発行され、徐々に重量が低下していったとされています。
3.コブウシ・王銘タイプ
(Humped Bull with Inscription series)
AE Unit Kausambi Angarajyut王、4.07g/16.4mm, ref. Pieper-983
KAUSAMBI: Angarajyut, 1st century BC/1st century AD, AE unit (4.09g), Pieper-983, bull standing left; Indradhvaja to left (mostly off-flan) // taurine, Ujjain symbol, railed tree, Brahmi legend agarajusa above, nice Fine, RR.
表:左向きのコブウシ。左にスタンダード(インドラの戦旗)?。
裏:向きが良く分からないが、柵に囲まれた木?、タウリン、ウジャインシンボル、ブラフミ文字銘「agarajusa」。
AE Unit Kausambi Brihaspatimitra II世、7.90g/18.0mm, ref. Pieper-994(現品), Mitchiner 4592 var.
KAUSAMBI: Brihaspatimitra II, late 1st century BC, AE unit (7.91g), Pieper-994 (this piece), bull right, Ujjain symbol above // railed tree, railed standard left, snake-like device right, legend bahasatimitrasa, attractive F-VF, RR, ex Wilfried Pieper Collection.
表:右向きのコブウシ。上にウジャインシンボル。
裏:柵に囲まれた木、左にスタンダード(?)、右に蛇のような曲線、下にブラフミ文字銘「bahasatimitrasa」。
AE Unit Kausambi Sarpamitra、6.59g/19.4mm
KAUSAMBI: Sarpamitra, 1st century BC, AE round unit (6.57g),Pieper—, bull right, Ujjain symbol above // railed tree, Indradhvaja left, Brahmi legend sapamitasa at the bottom, excellent preservation, VF-EF, RRR
表:右向きのコブウシ。上にウジャインシンボル。
裏:柵に囲まれた木、左にスタンダード、下にブラフミ文字銘「sapamitasa」。
このシリーズは概ね紀元前120-80年頃とされていますが、上記以外にも沢山の別の王銘が入ったものがあります。発行推定期間の長さ(40年)の割には王銘が多すぎますが。
カウシャーンビーのコインは、沢山の種類が市場に出ており、全体像は良く分かりません。今回紹介したものはたまたま保有しているもので、代表的なタイプを網羅しているわけではありません。
銅貨で保存状態も良くないので見た目は今一つですが、個人的には、自分のイメージの中の古代インド的なモチーフの代表的なもので、好きな分野ではあります。
参考:
Oriental Coins and Their Values, The Ancient & Classical World, 600 B.C. – A.D. 650, by Michael Mitchiner, 1978年
八、「コーシャンビー国の様子」 | 三蔵法師~苦難の西域への旅 (sanzouhousi.com)
(続く)
PS: 本ブログ掲載のコンテンツ(写真・文章等)の無断使用を禁じます。利用ご希望の方は、hirame.hk@gmail.comへご連絡ください。