古代インド 21 パンチャラ その4 中期ミトラ王 ―ファルグニミトラ(Phalgunimitra)・ブミミトラ(Bhumimitra)・スリヤミトラ(Suryamitra)

 

今回は、中期(紀元前50-紀元前1年頃)のミトラのつく王で、ファルグニミトラ・ブミミトラ・スリヤミトラの三人の王の銅貨を紹介します(各王の在位期間や順序については明確には分かっていません)。

 

中期は、ダブル・カルシャパナの重量単位の銅貨がメインとなっている王という分類基準です。ダブル・カルシャパナ銅貨は大きく、デザインも凝っているので見応えがあります。(状態は良くないので、「何この汚い屑鉄は!」という扱いを受けがちですが。)個人的には、古代インドコインでは最も好きなタイプの一つです。

 

また、メインシリーズ以外にデザインが大幅に異なる「セカンダリーシリーズ」と呼ばれるコインが登場してきます。(実際は、インドラミトラもセカンダリーシリーズのコインがあるとの事。)

 

 

6.ファルグニミトラ(Phalgunimitra)

 

Phalgnimitra, AE Double Karshapana (Main & Secondary Series)

 

① ダブルカルシャパナ・メインシリーズ

 

Phalgunimitra, AE Double Karshapana (main series), 13.04g/22.3 x 24.6mm, ref. Mitchiner 4542

 

表:右手に蓮の枝を持ち蓮の上に立つ(ファルグニ)神。髪は炎のように逆立っている。左にスリバッサ。右に星?

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Phagunimitra」(Phalgunimitraから「l」が抜けている)。

 

ファルグニの意味は残念ながら分かりません。尚、インド側の情報(Sharimali、多分この分野の専門家)では、ファルグニミトラは、クシャンによる征服前の最後期(紀元後110-120年頃)とされています。

 

 

② ダブルカルシャパナ・セカンダリーシリーズ

 

Phalgunimitra, AE Double Karshapana (secondary series), 13.78g/23.7mm, ref. Mitchiner 4542 var.

 

表:右に、柵に囲まれた木。左に丘のシンボル。

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるメインシリーズと異なるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Phagunimitrasa」。

 

セカンダリーシリーズは、ファルグニミトラ、ブミミトラ、スリヤミトラ、バーヌミトラ、アグニミトラ、バードラゴーシャの6王が図録と自分のコレクションで確認できます。それ以外には、図録でも見たことはありませんが、インドラミトラが発行しているそうです。

 

 

 

7.ブミミトラ(Bhumimitra)

 

① ダブルカルシャパナ・メインシリーズ

 

Bhumimitra, AE Double Karshapana (main series), 14.20g/22.3 x 25.2mm, ref. Mitchiner 4545

 

表:髪の毛が蛇で、右手に蛇を持ち、台座の上に立つ(ブミ)神。(ミッチナーの図録の説明)

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Bhumimitrasa」。

 

「Bhumi」は地母神。ミッチナーの図録の説明の蛇とはあまり関係ないように思われますが、あえて言えば土中の穴から出てくるから?女神なので、女王だったのか?いずれにしても、詳細不明です。

 

「Bhumi」地母神

出典:ウィキ(Bhudevi_in_temple.jpg (628×1091) (wikimedia.org)

 

 

 

② ダブルカルシャパナ・セカンダリーシリーズ

 

保有していませんが、基本的なデザインは表裏ファルグニミトラと同じで、ブラフミ文字銘が「Bhumimitrasa」となっている。

 

 

 

7.スリヤミトラ(Suryamitra)

 

Suryamitra AE 1/2 &1/4 Karshapana (main series?) and Double Karshapana (secondary series)

 

① (参考)ダブルカルシャパナ・メインシリーズ

 

未保有ですが、入手したいコインですので、備忘録として参考までに、CoinIndiaより画像をお借りしました。

 

Suryamitra, AE Double Karshapana (main series), 16g/25mm (from CoinIndia HP)

 

表:両側に柱のある台座の上に、シンボル又は更に台があり、その上に太陽が表現されている。スーリヤは太陽神。

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Suyamitrasa」。(二文字目に特徴がある。)

 

太陽は古代世界各地で神として崇められていたので、偶然の一致だと思いますが、この表のデザインは日本の神社のご神体・鏡をどうしても思い起こさせます。(神棚の両側に榊があり、中心に台の上に載った鏡のようです。)

 

スーリヤ神(ウィキより・PB)

 

 

こちらは日本の神社とは似ても似つかない神様です。因みに、このインドのスーリヤ神は、どう考えても西方由来ですね。バクトリア・プラトンのコインを思い出しました。

 

グレコバクトリア プラトンのテトラドラクマ銀貨の太陽神

 

 

② 1/2カルパシャナ・メインシリーズ

 

Suryamitra, AE 1/2 Karshapana (main series), 3.30g/14.7mm, ref. Mitchiner 4547 var.

 

表:両側に柱のある台座の上に、シンボルか何かが描かれている。(状態が悪すぎて判別不可。図録や資料も皆無。)

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Suyamitrasa」(「Surya]ではなく「Suya」となっている)。二文字目の「ya」が漢字の「山」のようで特徴的(但し、ミッチナーの図録では真ん中の縦線は長くはない)。

 

 

③ 1/4カルパシャナ・メインシリーズ

 

Suryamitra, AE 1/4 Karshapana (main series)?, 2.45g/12.9mm, ref. Mitchiner n/a

 

表:両掌からフレアを出すスーリヤ神? 頭部からもフレアのようなものが二條出ているよう。

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Suyamitrasa」? (銘が鋳潰れており判別しがたい。2文字目が「山」の鋳潰れた形状に見えるが、全体が5文字ではなく6文字のようにも見える。スリヤミトラサと読むのはちょっと強引かもしれない。)

 

 

⑤ ダブルカルシャパナ・セカンダリーシリーズ

 

Suryamitra, AE Double Karshapana(2nd series), 14.02g/22.9mm, ref. Mitchiner 4548

 

表:右に、柵に囲まれた木。左に丘のシンボル。

 

裏:凹みの中、上段に三つのシンボルからなるメインシリーズと異なるパンチャラの紋章、下にブラフミ文字銘「Suyamitrasa」。

 

 

スリヤミトラのコインに、1/2、1/4カルパシャナがあるとすると、この王を中期に分類したミッチナー図録の前提が崩れてしまいます。資料を調べても、スリヤミトラのダブルカルシャパナ以外の重量単位は確認できないので、間違って分類している可能性はありますが、少なくとも1/2カルパシャナの銘はスリヤミトラで間違いないと思います。

 

出典:Oriental Coins and Their Values, The Ancient & Classical World, 600 B.C. – A.D. 650, by Michael Mitchiner, 1978年 p. 562

 

注)過去の記事で、「メインミント」・「2番目のミント」という表現を使いましたが、ミントが異なるかははっきりしていないので、「メインシリーズ」・「セカンダリーシリーズ」という表現に変更します。

 

セカンダリーシリーズが何故登場したのか?一番可能性が高いのは、流通地域が異なっていたのではないかという推測です。パンチャラについては、首都のAhichhatraのある北パンチャラと南パンチャラとういう言い方をすることもあるので、メインシリーズが北パンチャラ、セカンダリーシリーズが南パンチャラと言いたくなるのですが、そのような具体的な地域に当てはめる説は唱えられてないようです。これは出土分布がこの考え方をサポートしてないからだと考えられます。

 

ただ、メインシリーズとは異なるパンチャラの紋章のようなものが刻まれているので、同じパンチャラ王を戴く、パンチャラ本国とは異なる親戚関係にあるような地域があったと考えるのが自然のような気がします。ジャナパダ時代も、クルとパンチャラの2国を近い関係なのでクル・パンチャラと呼んでいたので、この考え方も机上ではしっくりくるのですが、同じように実地での出土状況でサポートできてないのだと思います。

 

一方、セカンダリーシリーズはダブルカルシャパナしかないという事の理由が良く分かりません。地域によって分けていたなら当然、少額貨幣も異なるデザインで作ったはずです。

 

ただ、ダブルカルシャパナしか確認されていない王もいるので、これも考えると、更に謎が深まります。

 

セカンダリーシリーズやダブルカルシャパナは記念貨的な発行だったという事もあり得るかもしれません。

 

又、メインシリーズ及び王名はヒンズー教又は地場の伝統的信仰に基づいていると思われるので、非ヒンズー教徒、多分仏教徒、に配慮したデザインのコインも並行して流通させた、又は仏教に関わる何らかの記念に発行されたという事もあるかも知れません。

 

この考え方の弱い点は、柵に囲まれた木や丘のシンボルは仏教的なものかはっきりしない事です。これらのシンボルはポストマウリヤ朝時代の古代インドコインでは地域を問わず広範囲に使用されていますが、必ずしも仏教的なものとは限らないと思われます。もちろん、柵に囲まれた木は菩提樹、丘は仏塔という解釈もできなくはないですが、そうだとすると、ポストマウリヤ朝時代の古代インドのコインのかなりが仏教の影響を強く受けたデザインになっていることになり、それは違うような気がします。

 

ついでに、パンチャラのコインで不思議なのは、1カルパシャナ単位のコインがあまり多くない事です。1/2カルパシャナが最も多く、次が1/4カルパシャナ、そして、ダブルカルシャパナや1/8カルパシャナがあるのに、1カルパシャナ単位のコインは後期のバヌミトラ、アグニミトラ、及び前期のミトラのつかない王等、発行した王の数が限られています。

 

古代インドのコインは、一般的には、あるはっきりしたルールに基づいて発行されてないように思われカオスを感じるものが多いのですが、パンチャラのコインはある決まった規格・ルールが長い期間守られ続けているようで、珍しくカオスを感じないのですが、それでも謎多きコイン群です。

 

(続く)

 

 

参考:

 

Oriental Coins and Their Values, The Ancient & Classical World, 600 B.C. – A.D. 650, by Michael Mitchiner, 1978年

The COININDIA Coin Galleries: Panchala Kingdom

Exciting facts about Panchala Rulers and their Ancient Coins | Mintage World

Ancient Panchala Pre Kushana Phalgunimitra Copper Unit | Virasat Auctions

Bhumi (goddess) - Wikipedia Sudarshana Chakra - Wikipedia

スーリヤ - Wikipedia

 

(続く)

 

PS: 本ブログ掲載のコンテンツ(写真・文章等)の無断使用を禁じます。利用ご希望の方は、hirame.hk@gmail.comへご連絡ください。