インドパルティア王国 2 ゴンドファルネス(Gondophares I):在位AD19-46年頃?
ゴンドファルネスはパルティア王国の東部・サカスタンのサトラップでしたが、AD20年頃独立してインドパルティア王国を建国。
当時東隣りのアラコシア(現在のアフガニスタンのカンダハールやガズニ)は、インドグリーク西半分の最後の王・ヘルマイオス亡きあとインドスキタイとクシャン朝のクジュラ・カドフィセス、及び多分インドグリークの残存勢力等の間の争奪の中で非常に不安定な状況であったため、ゴンドファルネスはこのチャンスを逃さずアラコシアを征服。
更にインダス川を渡り、インドスキタイのサトラップ・ゼイオニセスの支配していたChach(現在のパキスタンパンジャブ州と推定)を征服、同様にインドスキタイのサトラップで、ガンダーラ地方のアパラカラジャス王国のインドラバルマ・アスパバルマを屈服させ旗下に収め、更に、カピサとカシミール地方を支配していたクシャン朝のクジュラ・カドフィセスを破りヒンズークシ山脈の北に追いやり、最終的には東の現在のインドパンジャブ州や南のアラビア海沿いまで(現在のパキスタンシンド州)支配地を広げます。
ゴンドファルネスの東征とクシャンの南下
(注)データベースを見るとカシミールやシンドでもインドパルチアのコインは出土しているので、前回のものより加筆・修正しています。
尚、ゴンドファルネスは、インドスキタイのヴォノネスの後継者のスパラホレスの更に後継者のスパラガダメスと同一人物であるという説もあります。
また、個別のコインの英文説明は最近のオークション会社のものですが、どれも紀元前40-5年となっていてミッチナーやウィキのAD19/20-55/60年とは時代が著しく異なります。これは、多分Seniorの新しい説に基づいていて、こちらが正しいのではと思いますが、詳細が不明の為、古い説に従って記載しています。
ゴンドファルネスは征服した主要な地域で、基本的にはインドパルティアの支配以前に流通していたコインに準じたデザインのコインをそれぞれの地域で発行しています。
更に彼は、西部(アフガニスタン)と東部(パキスタン)に夫々、オルサゲネス(Orthagnes)とアスパバルマと二人の総督を置き、彼らもゴンドファルネスと並行してコインを発行しています。
Orthagnesは息子のOtanesが、アスパバルマは甥のサセス(Sasan)が後継者となり、ゴンドファルネス自身も甥のアブダガセスが後継者となりますが、この頃からインドパルティア王国は分裂をはじめ、北方からクシャン朝のソテルメガ(第二代ヴィマタクトと考えられる)が南下し、インドパルティア王国はアフガニスタンのサカスタンとアラコシアからパキスタン南部のツーランの二つの地域へと縮小していきます。
コインの発行者が多く、それぞれデザインの似たコインもあるため、自身の資料の為に銘の図説・記述を詳しく記録しています。かなりマニアックになってしまったので読み飛ばしていただければと。
ゴンドファルネス発行のコイン
① アラコシア北部・カピサ発行のテトラドラクマ銅貨
INDO-PARTHIANS, Gondopharid Dynasty. Gondophares. Circa 40-5 BC. Æ Tetradrachm (22.4mm, 9.14 g). Uncertain mint in Northern Arachosia/Kabul Valley. Diademed bearded bust right / Nike standing right, holding palm frond and wreath. Senior 213.2T (213.1T?), Mitchiner-2539.
表:ディアデムを巻き、顎髭を伸ばした王の右向き肖像。ギリシャ語銘「ΒΑΣΙΛΕΣ ΣWΤΡΟΣ VNΔΟΦΕΡΡΟV」。(ギリシャ文字は多少違いがあるかも。)
裏:リースとヤシの枝を持ち右を向くニケ。カローシューティ文字銘「Maharajasa Gudapharnasa Tratarasa」。
アラコシア北部・カピサ(Kabul Valley)ミント。
ゴンドファルネスの代表的なコインです。入手経路を勘案するとガンダーラ・スワート地方でも発行されたのかもしれません。
② アラコシア発行(?)のテトラドラクマ銅貨
INDO-PARTHIAN: Gondophares, 40-5 BC, AE Tetradrachm (8.63g/25.7mm), Senior-213, diademed and draped bust right / Nike standing right, holding wreath and palm, Very Good, ex William F. Spengler.
この個体は、ミッチナーの図録に似たものがなく、ギリシャ語銘もカローシューティ文字銘も自分が見る限りではゴンドファルネスのものと確認できていませんが、オークション会社の上記説明ではゴンドファルネスとされています。
円形のフランに直線で四角の文字銘を入れているスタイルは、インドグリークのアポロドトスII世、ディオニュソス、ゾイロスII世で見られるものですが、裏面のニケのデザインや銘を比較すると彼らのものではないようです。肖像の顔の雰囲気はヘルマイオスの死後発行コインに似ています。髪型はインドパルティアのようですが、インドパルティア王の特徴である顎髭がないのが気になります。
ゴンドファルネスが、インドグリークコインに倣ってこのようなコインにした可能性はもちろんありますし、説明にあるようにWilliam F. Spenglerの来歴とされ、彼は著名な南アジアコインの研究者でいくつか関連する本も出版している専門家ですので、間違いないはずです。(ただ、銘が一部判別できそうなのですが、ゴンドファルネスの銘とは一致しないので、断定できません。これもSeniorの本があれば解決するはずですが…。)
③ South Chach又はガンダーラ発行のテトラドラクマ銅貨
INDO-PARTHIANS, Gondopharid Dynasty. Gondophares. Circa 40-5 BC. BI Tetradrachm (23.6 mm, 9.53 g, 4h). Uncertain mint in Gandhara. King on horseback left, raising right hand, behind, Nike flyinng left, crowning him with wreath; bu in Kharosthi between horse’s rear legs; tamgha to left / Siva standing facing, head right, holding trident and palm frond; thi in Brahmi to left, gu in Kharosthi to right. Senior 216.60T, Mitchiner 2572.
表:右手を上げる騎乗の王、左向き。飛びながらレースの冠を後ろから王の頭にかぶせようとするニケ。馬の左下にゴンドファルネスのタムガ、右下馬の後ろ足の間にカローシューティ文字「bu」。ギリシャ語銘「ΒΑΣΙΛΕΟWC ΒΑΣΙΑΕWN ΜΕΓΑΛΥ Υ(Γ)ΝΔΟΦΕΡΡΟΥ」。
裏:トライデント(三又槍)とヤシの枝を持つシバ神。左にブラフミ文字で「thi」、右にカローシューティ文字で「gu」。カローシューティ文字銘「Maharajasa Rajarajasa Tratarasa Devavratasa Gudapharasa」。
South Chach又は、ガンダーラミント。ブラフミ文字の使用とデザインの雰囲気からはSouth Chachの可能性が高いと感じます。
この個体はインドパルティアのコインの特徴が良く出ています。インドスキタイのものと似たコインが多いので、最後に参考までに気が付いたことをまとめています。
④ Chach又はアラコシア発行の方形銅貨
INDO-PARTHIANS, Gondopharid Dynasty. Gondophares. Circa 40-5 BC. CU (19x21mm, 10.09 g, 6h). Uncertain mint in Arachosia. King on horseback left; to left, Nike standing right, presenting him with wreath / Gondopharid tamgha; [to left, nandipada above Kharosthi letter]; bu in Kharosthi to right. Cf. Senior 215.33 (for type), Mitchiner 2575 var.
表:左向きの騎乗の王。その左のニケがリースの冠を王に捧げている。ギリシャ語銘同上。
裏:ゴンドファルネスのタムガ。オフフランだが、その左上に仏教の三宝を表すトリラトナとその下にカローシューティ文字。右にカローシューティ文字「bu」。カローシューティ文字銘「Maharaja …sa Dharamikasa Apratihatasa Devavratasa Gudapharasa」。(ミッチナーの図録に記録されている銘の一部しか判別できませんが、フランと字の大きさを勘案するとこの個体の銘はもっとシンプルではないかと思われます。)
Chach又は、アラコシアミント。
⑤ タキシラ・シルスフ発行のテトラドラクマ銅貨
INDO-PARTHIANS, Gondopharid Dynasty. Gondophares. Circa 40-5 BC. Æ Tetradrachm (22.6mm, 9.56g). King on horseback right, raising right arm; symbol to right / Zeus standing right, holding scepter; monogram to left, Vhre and Bu to right. Senior 220.11T, Mitchiner 2601.
表:手を挙げる右向きの騎乗の王。右下にゴンドファルネスのタムガ。ギリシャ語銘同上。
裏:笏を持つ右向きゼウス神。左にモノグラム。右にカローシューティ文字「vhre」と「bu」。カローシューティ文字銘「Maharajasa Rajatiraja Tratara Devavrata Gudapharasa」。
タキシラ・シルスフミント。
上記以外にもいくつもの種類がありますが、その中でも、ゴンドファルネスのサカスタン発行のパルティア風コインは現存数が少なく入手は容易ではありません。
ゴンドファルネス及びそのコインについてはウィキに詳しい記載があります。
(参考)
インドスキタイとインドパルティアのコインは似たデザインのものが多く、オークション会社のアトリビューションも誤りがある場合があるので、今回気が付いた点をまとめてみました:
- 一番の特徴はゴンドファルネス及びその後継者であれば、ゴンドファルネスのタムガ。
ゴンドファルネスのタムガ
- 騎乗の王が左向きである(右向きのタイプのコインもあるが)のは、右向きのインドスキタイでは見られない特徴。(騎乗の王ではなく、単なる肖像の場合では、上記①のようにインドパルティアでも右向きも多い。バクトリア・インドグリークでは殆どの王の肖像は右向き。一方パルティアの胸像は殆ど左向き。)
左から、インドパルティア・ゴンドファルレスの③④⑤とインドスキタイ(アゼスII世その2の⑧)
- 王に顎髭がある。(顎の先端がとがって表現されている)
- 王のズボンは太くパルティア風。(インドスキタイは騎乗の王の脚は目立たない。上着からズボンにかけては鎧・草摺のような網目の衣類である場合が多い。)
- 人物と馬の大きさの比率が、インドスキタイでは人物が比較的大きいが、インドパルティアでは比較的小さい。馬の肉付きが良い。(馬が大型化したのか?)
- インドパルティアのコインは殆どが銅貨と劣銀貨。インドスキタイは銀貨と銅貨の二種類の貨幣システムであるが、アゼスII世の後期から、銀貨は劣銀貨やほぼ銅貨に近い劣銀貨となる。
出典:
Indo-Parthian Kingdom - Wikipedia
CNG
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