バンカ錫銭2

 

前回からの続きで、もう少しバンカ錫銭の別のタイプを紹介します。

 


 

バンカ錫銭の例(2)

 

①    ワニ又はトカゲが2体と不明シンボル・花のような模様と外縁部にアルファベットのような文字、3.47g/28.7mm、ref. M&Y-8, PH-379

 

 

漢字の使われていないタイプです。外縁部が広い。

 

漢字が使用されていないタイプは、Jawiだけのものと、この個体のように動植物や幾何学模様、良く分からないシンボルを使用したものに大別されます。良く分からない文字または文字に模したデザインのあるものもあります。

 

これ等の発行の経緯には二つの仮説があって、(1)スルタン側が鉱山の権益・運営を華人から取り上げた後の時代のもの、(2)錫鉱開発の初期にブギス人がかかわっていて、ブギス人が発行した、というものです。

 

(注)ブギス人は、スラウェシ島南西部がオリジンのオーストロネシア語族。航海技術や造船に優れ、現在のインドネシア・マレーシアで広範囲に活躍した。独自の言語や文字も持っていたが現在ではマレー系等との同化が進んでいると思います。シンガポールにブギスジャンクションという地名・モールがありますが、ブギス族から来た名称です。

 

このコインは作りも良いので、初期のものではないと思います。

 

 

②   不明デザイン、CM和・同、2.91g/28.4mm、ref. M&Y not listed PH-371

  

 

外縁部が広く、シンボル又はJawiが外縁部まではみ出している特殊なデザインのコインです。「和」のCMが両面に入っているので華人がかかわっていることは分かります。シンボル又は文字の意味は全く不明です。これに類似するタイプはいくつかありますが、いずれも希少です。

 

 

③    玉 小丸二つ・財 小丸二つ、4.75g/27.2mm、ref. M&Y-44, PH-315

 

 

非常に分かりやすい銘です。玉は言うまでもなく翡翠の事で華人にとっては富や運気の象徴。

 

漢字銘のものは、一般的に、一字のものから時代が下るにつれて字数が多くなっていったと考えられています。

 

 

④    江山・秀色、4.01g/26.0mm、ref. M&Y-66, PH-134

 

 

「江山秀色」の銘からは、ゆったりと流れる川の両側に緑豊かな熱帯の樹木が茂り、遠くに山が見え、朝日なのか日中の青空なのか夕日なのかは分かりませんが、山や川が美しい色に染まっている、穏やかで美しい風景が連想されます。趣のある銘です。地名や公司の名前は不明です。(鉱山は露天掘りで自然破壊そのものですが。)

 

 

⑤    新春・乾記、3.76g/27.7mm, ref. M&Y-102, PH-289

 

 

「Tiko」と公司の間の決算のようなものは年に一度旧正月の時期に行われていたそうです。従って、決算の時にやり取りされたバンカ錫銭に「新春」という銘を採用したものだと思われます。「乾記」は多分公司の屋号のようなものだと思われます。東南アジアや台湾でもよく見かけますが、食堂やお店の看板に「○記」と書いてありますね。(屋号のようなものと勝手に解釈していますが、本当はどうなのでしょうか?シンガポールやマレーシアで知人に聞いたのですが、納得いく回答を得たことはありません。ご存じの方是非教えてください。)

 

漢字の筆跡がややおおざっぱです。比較的初期のものではないかと想像しています。

 

尚、この個体の表面にはわずかに金色が残っています。このような表面の外観のものは他にいくつかあるのですが、錫は新しい時には銀色ですので、鉛と混ぜるとそのような色が出るのか、表面に何か(金ではない、雲母の粉末のようなもの?)をコーティングしているのかは良く分かりません。コーティングが長く残るとも思えませんし。

 

 

⑥    順記・花模様と一部重なる二つの○、2.91g/26.2mm、ref. M&Y-142, PH-228

 

 

「順記」も公司の屋号と思われます。このタイプは機械打ちのようなきれいな作りです。やや小さく軽いコインです。銘やデザインが異なる同じような作りのものも数種類あり、同じ公司のものだと思われます。現存数もかなり多いタイプです。

 

 

前回と今回で、大まかにバンカ錫銭の概要を紹介しました。

 

 

さて、最近やっと入手できた個体は:

 

⑦    安定・利記、3.48g/25.8mm、ref. M&Y not listed, PH-32

 

 

「安定」は多分公司の名称で、他に「安定」銘のある異なるタイプが数種あります。「利記」は多分公司の屋号。「利記」は他の公司のコインでも比較的良く利用されます。

 

元々、中国穴銭からコインの収集に入ったのですが、価格の高騰で収集対象を東南アジアに変更しました。当初はタイのドバーラバティーやピュ―他古代ビルマが中心でしたが、これらのコインをバンコクで探している中で、タイ南部の大型漢字錫銭に出会い、その流れで、今は亡き友人・先生のVasilijs氏から漢字のコインが好きなら、こんなものもあるよと紹介してもらったのがバンカ錫銭でした。

 

2015年に本格的に収集を始めたのですが、当時たまたまあるオークションでこの「安定・利記」が出品されていました。状態の悪い個体だったので、競合はないだろうとタカをくくっていたら、最後の数秒で高値入札されてさらわれてしまいました。よくある話です。ところが、一週間後今度は別のサイトで状態の良い個体が即決で出ており、さっそくぽちって購入したつもりが、翌朝確認してみると、間違って隣の品物を購入していました。夕食会か何かで飲んだ帰りだったので、手元が狂ったようです。すぐに問い合わせたのですが、すでにオランダのコレクター(多分Dr. Yih)に売却済みとの返事。

 

もちろん、これ以外にもいろいろな理由で入手できなかったタイプは少なからずあるのですが、あまりに間抜けな顛末だったことと、それ以降全く同じものが市場に出てこないので、頭の片隅にず~と残っていました。

 

デザインは一般的なもので、希少なタイプではないと思いますが、とにかくついに入手できたと小躍りでした。

 

 

(参考)Puji Harsono著, 「Seraja Dan Mata Uang Bangka 1740—1813」より写真を紹介します(Courtesy of Mr. Puji Harsono):

 

本の表紙。当時の鉱山の写真が沢山収録されていて表紙も飾っています。子供が沢山移っている理由は良く分かりませんが、肉体労働そのものの当時の様子が良く分かる一枚です。

 


バンカ島の錫の埋蔵地域。

 

 

漢字銘のコインは、漢字の北京語の発音のピンイン表記のアルファベット順に並んで紹介されています。

 

数百種類のバンカ錫銭をどのように分類するかは頭の痛い問題です。これは一つの解決法ではありますが、中国語になじみのない日本人には漢字を見てすぐにピンインは分かりませんし、どの漢字を最初の字と見做すのか(どちらが裏か表か、又通常上が最初の字ですが、たまに右ないし左が意味から最初の文字という場合もある。状態が悪く最初の漢字を読み間違えるケースもある。)という弱点もあります。ただ、現時点では他に良い方法は見当たりません。本来は各公司毎に発行年代順に分類したいのですが、情報が殆どなくそれは不可能です。

 

この本は残念ながらインドネシア語だけですが、図録以外にバンカ島の歴史や公司・鉱山のオペレーション、「Tiko」と公司間の取引等、写真をふんだんに使って紹介しており興味深い内容です。英語への翻訳もコロナ前に原稿を作成していたので、いずれ英語版も出版されることを楽しみにしています。

 

書き忘れましたが、この本の中でバンカ錫銭3枚がVOC Duit4枚の価値があったと記載されています。1バンカ錫銭=1.33 Duitとなります(どの時点かは不明)。1 Gulden = 20 Stuiver = 80 Duit =60 バンカ錫銭。

 

尚、Dr. YihとDe Kreek氏が1993年に、「清風明日(月?)・古今」2個体と「京兆・通用」1個体の金属組成を測定していますが、錫74-88%、鉛4.5-17%、その他7-8%という結果でした。タイプ・個体によるばらつきが結構ありそうです。

 

 

(続く)

 

参考資料:

Puji Harsono, Seraja Dan Mata Uang Bangka 1740—1813, 2019 (The History and Coins of Bangka 1740-1813)

 

Mitchiner, M. and Yih T.,Coin circulation in Palembang (Sumatra), circa AD 1710 to 1825 2. Coins minted for the mining communities on Bangka Island, JONS. 217/218

 

Yih, T. D. and De Kreek, J., Preliminary data on the metallic composition of some S.E.-Asian coinage as revealed by X-ray fluorescence (XRF) analysis, Spink’s Numismatic Circular 101, Feb. 1993, 7-9