バクトリアのコイン 2

 

前回からの続きで、セレウコス朝からグレコバクトリア王国成立の過渡期のバクトリア地方のコインを紹介します。今回からバクトリア独自のコインとなります。

 

3.セレウコス朝支配末期からグレコバクトリア王国独立の過渡期(紀元前295/3年~280/78年頃)半独立状態?

 

アテナフクロウタイプとそれに準ずる銀貨:

 

 

BACTRIA, Local issues. Circa 295/3-285/3 BC. AR Tetradrachm (23mm, 16.54 g, 6h). Local standard. Uncertain mint in the Oxus region. ref. Nicolet-Pierre & Amandry 1-2; Bopearachchi, Sophytes 6-7; Bopearachchi & Rahman 64-5 var. (no grape bunch)

 

表:ヘルメット姿のアテナ神、左下部に「ΣTA」(ミントのモノグラムですが場所はいまだ特定されていません)。

裏:右向きで顔を正面に向けるフクロウ。その上に、オリーブの小枝と三日月。右にAΘE。

 

アテネのオリジナルは目が大きく無表情ですが、バクトリアのものは目が小さいですね。

 

 

BACTRIA, Local issues. Circa 295/3-285/3 BC. AR Didrachm (19mm, 7.98g, 6h). Local standard. Uncertain mint in the Oxus region. ref. Nicolet-Pierre & Amandry 47/48 (for obv./rev. dies); cf. Bopearachchi, Sophytes, Group 1A and pl. I, 8 (tetradrachm).

 

表:ヘルメット姿のアテナ神。

裏:右向きで顔を正面に向けるフクロウ。その左に、ガレー船の舳先とブドウの小枝。右にAΘE。

 

細面で非常に美しい顔だと思います。西洋の絵画や彫刻中の女性は豊満チックな表現が多いのですが、これは好みです。恐れ多いですが…。

 

 

BACTRIA, Local issues. Circa 285/3-280/78 BC. AR Drachm (14mm, 3.15 g, 6h). Local standard. Uncertain mint in the Oxus region. Ref. Nicolet-Pierre & Amandry 54 = Künker 295, lot 419 (same dies); Bopearachchi, Sophytes 11-2 var. (no grape cluster).

 

表:ヘルメット姿のアテナ神。

裏:左向きで顔を右に向けるイーグル。その右に蔓から垂れ下がる二房のブドウ。

 

 

BACTRIA, Local issues. Circa 285/3-280/78 BC. AR Hemidrachm (11mm, 1.55 g, 6h). Local standard. Uncertain mint in the Oxus region. Ref. Nicolet-Pierre & Amandry 60 (same dies); Bopearachchi, Sophytes –; SNG ANS 17-18; HGC 12, 10.

 

表:ヘルメット姿のアテナ神。

裏:左向きで顔を右に向けるイーグル。その右に蔓から垂れ下がる二房のブドウ。

 

 

BACTRIA, Local issues. Circa 285/3-280/78 BC. AR Diobol (11mm, 1.12 g, 6h). Local standard. Uncertain mint in the Oxus region. Ref. SMAK pl. 30; Nicolet-Pierre & Amandry 65; Bopearachchi, Sophytes, Group 2B; HGC 12, 12.

 

表:月桂冠をいただいたゼウス神。

裏:左向きで顔を右に向けるイーグル。その右に蔓から垂れ下がる一房のブドウ。

 

発行者銘はありませんが、この分野の第一人者であるBopearachchi,はSophytesと推定しているようです。(多分諸説あり。)

 

これ等のタイプも、デザインやシンボルの違い、そしてテトラドラクマ、ダイドラクマ、ドラクマ、ヘミドラクマ他各種重量単位があり、相当な種類があると思われます。尚、発行流通年代の推定根拠は不明です。

 

 

4.Sophytes銘のコイン(紀元前280/78~270年頃)半独立状態?

 

 

 

 

BACTRIA, Local issues. Sophytes. Circa 246/5-235 BC. AR Didrachm (20mm, 7.12 g, 6h). Attic standard. Uncertain mint in the Oxus Region. Ref. Bopearachchi, Sophytes 2 = Alpha Bank Inv. 7461; Bopearachchi & Rahman –, SNG ANS 21-24 (same); cf. MIG Type 29b (same); cf. HGC 12, 14 (same).

 

表:頭部に月桂冠を巻き付け・頬宛てに羽飾りをつけた古代ギリシャ式のヘルメットを被った肖像。あごの下に、M 又は Σの小さなモノグラム?。

裏:右向きの雄鶏。その左上に、ケリケイオン(カッデュセウス)、右に「ΣΩΦYTOY」の銘。

 

 

BAKTRIA, Local issues. Sophytes. Circa 280/78-270 BC. AR Obol (8mm, 0.49 g, 6h). Attic standard. Uncertain mint in the Oxus Region. Bopearachchi, Sophytes –; Bopearachchi & Rahman –; SMAK –; SNG ANS 26; MIG Type 32a = C. Kirkpatrick, “Some new coins of Sophytes,” in NumCirc LXXXI.10 (October 1973), no. 4; HGC 12, 17.

 

表裏:上記に同じ。

 

尚、AW2021年4月のオークションで、4、2、1、1/2ドラクマ・NGCスラブ入り(ロット166903)が出品・高値落札されましたが、発行・流通時期はバクトリア王国建国直前とし、最後までDiodotus I(独立後の在位:紀元前255~245年頃)と争ったサトラップとの説が取られています。

 

Sophytesのコインは、裏面は同じですが、表の肖像がコリント式のヘルメットを被ったデザインとなっているものも存在します(ref. Bopearachchi, Sophytes –3B)。

 

Sophytesが何者であったかと発行時期は諸説あり、どの説が正しいのかは分かりません。オークショナーによって説明内容が異なります。

 

グレコバクトリア王国を建国したDiodotus I/IIは、独立を目指して慎重にコインの発行を行ったと考えられています。それは、当初、表は自身の肖像・裏の銘は当時のセレウコス朝のアンティマコスとしたものをまず発行して中央の反応を確かめて、次の段階として自身の銘を入れて発行したといったことが伺われるからです。

 

このコインの肖像が、Sophytesのものであれば、自身の肖像と、裏に自身の銘を入れたコインを発行することは完全に独立した政体であった(少なくとも本人はそう意図した)ことになり、Diodotus I当時と比べてより情勢が有利だったのか、自信があったのか、用意周到ではなかったか?という事だったのかもしれません。

 

このタイプのコイン発行前と考えられる、アテナタイプのコインをSophytesのものとする考え方は、Sophytesがこれらのコインで十分地ならししてから満を持して独立に動いたという事かもしれません。アテナタイプがSophytesのものでなければ、彼はいきなり独立を表明し自身のコインを発行したことになり、拙速に過ぎる動きが独立を失敗させることになったという事かもしれません。どちらにしてもSophytesの独立は達成されず、もしかしたらセレウコス朝の指示でDitodotus Iが彼を討伐したのかもしれませんね。

 

少なくとも、コインの発行が政治的に非常に重要なメッセージを持っていたことは間違いないですし、したがって、歴史的記録資料の少ないグレコバクトリア王国・インドグリーク諸国の歴史を解明するうえでコイン(銘・デザイン・モノグラム等)が重要な役目を果たしている理由でもあります。

 

今回紹介した一連のコインは、コイン自体の魅力と、グレコバクトリア王国建国に関わる謎解きとを併せ持つ、魅力的なコイン群だと思います。

 

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

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