バクトリアのコイン 1

 

先日、アメリカのオークションでのクシャン金貨の記事を紹介しましたが、同じオークショナーの次のセールの冊子にバクトリアのコインについても分かりやすい概説がありました。

 

読んでいるうちに心がバクトリアに飛んでいってしまいました。そこで、これを参考にしつつ、今回から急に時代と舞台を変えてバクトリアのコインを少し紹介していきたいと思います。コレクションとしてはあまり高いレベルのものではないので、一部ウェブからの写真を交えていくことを予めご容赦ください。

 

バクトリア地方の名は、アケメネス朝ペルシャ(紀元前550年―紀元前330年)の東部属州の一つが由来で、現在のアフガニスタン北部、タジキスタン南西部、ウズベキスタン南部、トルクメニスタン東部を含む地域です。

 

地理的には、中央アジアのアムダリア(オクサス川)がパミール高原から西流して平地に出てきた盆地状の地域で、北は天山山脈の西端部、東はパミール高原、南はヒンズークシ山脈、西はキジルクム・カラクム砂漠に囲まれた地域です。狭義には、アムダリア以南(アフガニスタン北部とタジキスタンのごく一部)だけを指す場合もあります(特にコインの場合))。

 

現在メディアの映像に映るアフガニスタン北部は、長年の戦乱の影響もあり、荒涼とした半砂漠地帯のような風景ですが、古代は緑多い豊かな土地であったと思われます。7世紀にインドに向かう途中この地域に滞在した玄奘は、「大唐西域記」で、バクトリアは仏教が盛んな地域で、各地の大寺院で説法を行ったと記録しています。また、後代13世紀に元の大都に向かう途中バクトリア地方を通過したマルコポーロは、「東方見聞録」に、果物や鳥獣の多い美しく豊かな土地であると述べています。

 

バクトリア地方(PD)

 

 

青銅器時代から文化が栄えていたようで、ウィキを見ると当時の代表的な出土品としてなんと滋賀県の信楽のミホミュージアムの収蔵品が掲載されていました(かなり特徴のある美術館のようですね)。

 

女神座像 紀元前2-3000年 マルギアナ文化 ミホミュージアム所蔵

出典:ウィキ

ttps://commons.wikimedia.org/wiki/File:Seated_Goddess,_Western_Central_Asia,_Bronze_Age_Bactria,_late_3rd-early_2nd_millenium_BCE,_chlorite_and_limestone,_Miho_Museum,_Japan.jpg

 

以前、バクトリアの専門家が著書で、バクトリアは世界の四大文明に匹敵する人類最古の文明の一つだと主張していたのを覚えています。ちょっと身びいき過ぎるかもしれませんが、古来文明の発達した地域だったことは間違いないのでしょうね。また、紀元前2000年頃まで起源を遡るといわれるゾロアスター教の発祥の地でもあります。

 

紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシャの属領となり、ペルシャ統治下の小アジアのギリシャ人が多数バクトリアに流されたそうです。アレキサンドロス大王(紀元前356~323年)がバクトリア・ソグディアナの遠征にかなり力を入れていた(制圧に相当な時間がかかった)や、その後ギリシャ人(マケドニア人)が長く定着し、バクトリア王国・ヘレニズム文化が栄えるのも、既にギリシャ人がアレキサンドロスの東征以前に居住していたこともあるのかもしれません。正妻もバクトリア人ですし。

 

紀元前334年から10年に及ぶアレキサンドロス大王のアケメネス朝ペルシャ征服の一環で、バクトリアとその北方のソグディアナ(現在のウズベキスタンのサマルカンドやフェルガナ地方)が征服され、アレキサンドロスの死後、後継者争いの内戦(ディアドコイ戦争)の後、その後継者のひとり、セレウコス朝(紀元前312年~紀元前63年)の東方領土となります。

 

 

さて、コインですが:

 

1.セレウコス朝より前の時代(~紀元前312年)

 

AR Hemidrachm, 4th century B.C., Pre-Selukid Era Bactria local issue, 1.15g/10.2g

 

表:右向きの猪の上半身

裏:右向きのライオンの上半身

 

セレウコス朝時代以前に、ギリシャ風のコイン(同じようなモチーフを使ったコインがミシアやレスボス等の小アジアでも発行されています)がバクトリア地方にあるのを不思議に思っていました。アレキサンドロスの遠征時の発行であれば、よくあるライオンの皮をかぶるヘラクレスとゼウスのコインのはずなのに? 今回記事を書くにあたって、アケメネス朝時代に小アジアのギリシャ人が相当数強制移住させられていた事を知り、なるほどと思った次第です。詳しいことは分かりませんので、勘違いかもしれませんが。

 

尚、アレキサンドロスの東征中、バクトリアで発行されたコインについては、私個人は良く知りません。

 

アレキサンドロスは、バクトリアとソグディアナの平定に3年を費やし、広い地域を転戦していたとは言いながら、バクトリアにもAlexandria on Oxus(後のAï Khanoum)を建設しているので、兵士への給与(戦利品の分配)や政治的なメッセージを兼ねてコインは発行されていると思いますが、たまたまかもしれませんが見たことがありません。(この分野は専門の図録や文献を持っていないため、自分がチェックした海外オークションで、バクトリア地方のミントのアレクサンドロスコインを見たことがないというレベルの話でしかありませんので悪しからず。)

 

ただし、アレキサンドロスの東征の折、インド(この場合のインドは現在のアフガニスタン中部・南部、パキスタンのインダス川西岸地域、パンジャブ地方等を指すのだと思います)にSophytesという王がいて、アレキサンドロスに帰順し配下となって所領を安堵されたとの記録があります(紀元前60-30年頃の古代ギリシャの歴史学者Diodorus SiculusBibliotheca historica」)。Sophytes銘のコインは現存しますが、通常グレコバクトリア王国のコインに分類されていますので、今回は、このコインを発行したSophytesはセレウコス朝時代のグレコバクトリア王国成立前夜のサトラップ(太守・総督)という説に従い後日取り上げます。

 

 

1.セレウコス朝の支配時代(紀元前312年­~281年頃)

 

 

まず、初代王の、セレウコス一世ニカトルの典型的なデザインの銀貨です。セレウコス朝各地で同じデザインのコインが発行され、それぞれ発行地のモノグラム(ミントマーク・コントロールマーク)がしるされているので発行地が分かります。バクトリアには複数のミントがありますが、当時の首都であったAï Khanoumのもの(〇に中に三角)が最も代表的なものです。

 

Seleukos I Nikator (312-281 BC), AR Hemidrachm/Obol, Attic/Indian Standards

 

表:ゼウス神

裏:象が引く二頭立て戦車に乗るアテナ神

 

左上、右上、左下、右下の順に:

 

①    古代ギリシャ重量単位で、多分バクトリア地方バクラで、紀元前288/7-281年頃に発行されたヘミドラクマ銀貨(AR Hemidrachm, Attic standard, (1.92g/14.6mm), Uncertain mint 19 (Mint A) in Bactria (Baktra?), Struck c. 288/7-281 BC. )

 

②    AR Obol, Attic standard ( 0.62 g/8.5mm). Aï Khanoum mint. Struck circa 286/5-284 BC.

 

③    AR Hemidrachm (1.64 g/11.5mm). Indian standard. Aï Khanoum mint. Struck circa 285-281 BC.

 

④    AR Obol (0.52 g/8.8mm). Indian standard. Aï Khanoum mint. Struck circa 285-281 BC.

 

 

(注)「hemi-」は二分の一の意味。Hemidrachmは1/2 drachm

     「obolus」は六分の一の意味。Obolは1/6 drachmの意味でしょう。(誤っていたら指摘お願いします。)

 

ギリシャとインドの両方の重量単位で発行されています。発行時期や異なるモノグラム(ミントマーク・コントロールマーク)数種類特定されているので、かなり研究が進んでいるのでしょう。

 

もちろんこのタイプのテトラドラクマやドラクマ銀貨もバクトリアで発行されていますが、残念ながら未入手です。デザインとモノグラムの分かりやすい以下の写真を参照ください。

 

 

AR Drachm, セレウコスとアンティマコスの共同統治銘、 c. 285-281BC

(裏面象の上の丸の中に三角のモノグラムが典型的なAï Khanoumのもの。象の上に、「BAΣIΛEΩΣ」、下に二行で「ΣEΛEYKOY ANTIOXOY」)

出典:Roma Numismatics Ltd > E-Sale 91

 

 

 

セレウコス朝二代目の、アンティオコス一世ソテルの金貨

 

AV Stater, Antiochus 1 Soter, Aï Khanoum mint, 紀元前275年頃(裏面アポロの左にバクトリアAi-Khanoumのモノグラム。同じタイプのコインは各地で発行されているので、モノグラムが重要となります。)

 

Gold stater of the Seleucid king Antiochus I Soter minted at Ai-Khanoum, c. 275 BC. Obverse: Diademed head of Antiochus. Reverse: Nude Apollo seated on omphalos, leaning on bow and holding two arrows. Greek legend: ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΑΝΤΙΟΧΟΥ (of King Antiochos). Δ monogram of Ai-Khanoum in left field.

出典:ウィキ

File:Ai-Khanoum-gold stater of Antiochos1.jpg - Wikimedia Commons

 

アンティオコス一世のコインは、セレウコスとの共同統治銘の金貨も含めて、これ以外に銀貨や銅貨もAï Khanoumで各種発行されています。

 

 

(続く)

 

 

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