古代ではありませんが、18-19世紀にかけてタイ南部の、ナコーンシータマラート県・パッタルン県・ソンクラー県等で発行された比較的大型の錫銭をいくつか紹介します。

 

これらはタイ語でE Pae(中国の穴銭を指す言葉からきているようです)と呼ばれ、中国の穴銭に似た形状の錫・鉛合金のコインです。中国との交易によりタイには歴史的に華僑が多く移り住み、貿易・商業・鉱山開発・政府官僚等の広い分野で活躍しています。特にタイ南部は、鉛や錫の鉱山開発・マレー地域との交易などでマレー半島南部やペナンからの移住も多かったそうです。タイ中部から地理的にも遠く、貨幣の不足に対応して県知事等の許可のもとに主として現地の地方政府・華僑が発行したものです。発行したそれぞれの地方では公式な通常銭として流通しましたが、納税のためには中央政府発行の通貨に交換する必要があったとの事です。

 

CMの異なるものを含めて50種類程度の存在を認識していますが、実際に全体でどのくらいの種類が発行され・現存するのかも不明です。発行地が分からないものもかなりあります。さほど古くない割にはミステリアスなコイン群です。

 

ナコーンシータマラート県での発行量・種類が一番多く、県単位だけでなくその一つ下の行政区分の郡でも独自の銭銘の錫銭が発行されています。

 

まずは、一番現存数が多いと思われる「六崑」銘の錫銭です。現時点では、大雑把に以下の6タイプに分類しています。

 

六崑銘のある各種錫銭

 

「六崑」は、ナコーンシータマラートの英語名「リゴール」の発音に漢字を当てたものです。

 

個別に説明します。

 

400 bia, 27.78g/40mm, ND (ca. 1880-95), ref. Pridmore-226/Krisadaolarn D905

 

直径が4cm、厚みもあるどっしりとした手ごたえのある錫銭です。

 

表:六崑通宝 No C/M

裏:廣利其合 C/M和・全

角孔・錫鉛合金

 

注)”bia”は宝貝の意味。(400 bia=1/16 bahts=15/16g silver). 1902年まで1バーツは15gの純銀の固定相場制だったとの事。これが正しければ、このコインは当時15/16gの純銀と等価という事になります。CMによりいくつかのバリエーションあり。

 


200 bia ? 15.35g/38mm, ref. Pridmore-226 var. /Krisadaolarn D905 var.

 

表:六崑通宝 No C/M

裏:廣利其合 No C/M

丸孔・錫鉛合金

 

注)丸孔タイプは、角孔に比べて重量が軽く鋳造エラーが多い。角孔・丸穴両方とも重量のばらつきが多く実際の通貨としての価値・正式な中央政府発行のコインや同時期に流通していたメキシコ銀貨との交換比率がどのように定められていたかは不明なことが多い。CMによりいくつかのバリエーションあり。

 


400 bia?, 26.95g/41mm

 

表:六崑通宝 C/M利・利

裏:源利公司 No C/M

角孔・錫鉛合金

注)このタイプの現存数は非常に少ないと思われる。CMによるバリエーションの有無は不明。

 


400 bia?, 26.66g/40 mm, ref. Krisadaolarn D905

 

表:六崑通寶 鼠2匹 C/M不明四角印(左上)・和(右下)

裏:和利 鳳凰(上)と龍(下)No C/M 「龍飛鳳舞」と言いたいところですが。。。

丸孔・錫鉛合金

 

注)「通寶」は装飾的な字体を使い、更に文字以外にも鼠・鳳凰と龍のデザインが施されており、何か記念すべき慶事があり発行された記念貨かもしれない。鼠としている動物が、発行年の干支を表すものと考えられるが、動物の種類を特定できるほどデザインが明瞭(上手)ではない。

 


100 bia?, 7.67g/33mm, ref. Krisadaolarn D909/ Singh Trengannu SS-59

 

表:六崑通宝 C/M花・蝶・和・和・和

裏:源利公司 C/M花・蝶・和

角孔・錫鉛合金

 

注)このタイプは銘文からはナコーンシータマラート発行であるが、マレーシアのトレンガヌ州でも発見されたと思われ、Sara Singhのマレーシアコインのカタログには、トレンガヌのコイン(SS-59)として記録されている。この個体は「和」のCMが表裏合わせて4個刻印されているが、通常のタイプは「和」の刻印はなく、「花」と「蝶」のデザインのみが表裏に強く刻印されている。

 


100 bia?, 9.94g/30mm

 

表:六崑 C/M元・元

裏:源春

角孔・錫鉛合金

 

注)写真の右上欠けた部分は鋳造時の不良によるもの。このタイプも現存数は非常に少ない。CMによるバリエーション(和・和)等がある。

 

入手するのに15年以上かかりやっと去年200枚以上の南部タイのコインの大きなコレクションロットに含まれているのを発見して、後先考えずに落札しました。

 

 

(参考)

 

ナコーンシータマラート県の位置:

 

ナコーンシータマラート | 【公式】タイ国政府観光庁 (thailandtravel.or.jp)

 

ナコーンシータマラートの歴史;

 

ナコーンシータマラートは、3世紀前半に扶南の属国の一つとなり、海のシルクロードの交易拠点の一つとして機能し、その後シュリビジャヤ帝国の一部となり、10-13世紀にはタンブラリンガ(単馬令)王国として現在のタイ南部・マレーシア北部一帯を領域とし、更にスリランカに遠征し島の北部を支配するほどの強国となりました。しかし、タイのスコタイ朝時代にタイの一部となり、スコタイ朝(1240-1438年)・アユタヤ朝(1351-1767年)を通じてタイ南部とマレー半島経営の重要な拠点として機能しています。

 

ちなみに、アユタヤ朝時代に山田長政(在タイ:1612-30年)がこの地に左遷されますが、ナコーンシータマラートの太守はアユタヤにとってはかなり重要なポジションだったと思いますので、左遷される前の山田長政のアユタヤ朝中央での地位の高さが分かります。当時アユタヤの最大の貿易相手国は日本となり、華僑勢力の反感や王室内の後継者争いに巻き込まれ彼は左遷されたとの事です。最後は暗殺されてしまいますが、彼の館の一部は今でも旧市街に壁だけが残っています。

 

 

参考:The Evolution of Thai Money From Its Origins of Ancient Kingdoms, Ronachai Krisadaolarn

The Encyclopedia of The Coins of Malaysia, Singapore and Brunei 1400-1967, Sara Singh

The Coin Museum, Treasury Dept, Bangkok, Thailand

COINMUSEUM BY THE TREASURY DEPARTMENT

 

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