月の光に照らされた湖面を、静かに曲の旋律が流れます。

雲間からもれるその明かりが、淡く揺れ動き、そして湖面がキラキラと光り輝きます。

幻想の世界に漂うピアノの調べです。

これは、ヴェートーベンのピアノソナタ第14番「月光の曲」第一楽章です。

 

 6月の初夏、我が家の一室からこの曲が流れます。

今日はピアノ発表会を間近にして、息子との連弾練習のため来られた近くの大学に通う女子学生さんが、模範演奏をされているところです。

 

 

 我が家で初めて弾く、本格的ピアノ演奏なんです。

 

きっと近隣の方々も、その奏でる「月光の曲」の調べに聞き入っているに違いありませんね。

 

 

 ・・・・・・・・もう、あれから30年余の年月が経ちました。

 

 先日、近くのビデオレンタル店に行った折、何となく私の目に止まった1枚のDVDを借りてきました。

それが「月光の夏」の作品です。

さっそく持ち帰り、再生スイッチを入れます。

 

 時は、太平洋戦争敗色濃い昭和20年5月です。

佐賀県鳥栖国民学校に、二人の特攻見習士官が訪ねてきます。

 

 

「明日自分達は、鹿児島・知覧特攻基地から敵艦目がけて飛び立ちます。」

 

「こちらの学校にグランドピアノがあると聞き、今日はるばる15キロ急ぎ歩きやって来ました。飛び立つ前に、思い切ってピアノが弾きたいんです。是非弾かせて下さい。・・・・・・・」

 

 特攻見習士官は、ピアノの弦に手をやります。

ゆっくりと静かに旋律が流れます。

時には激しくも、弦を打ちます。

ピアノソナタ第14番「月光の曲」です。

 

 

 奏でる音が教室から流れ出て、学童や先生らが集まって来ます。

 

見習士官が弾くピアノに、じっと聞き入ります。

若い女性音楽教師の目から、一筋の涙がこぼれ落ちます。

そして皆の目から涙があふれ、・・・・・止めどもなく流れ落ちます。

 

 

 まさに胸の締めつけられるシーンです。

 

・・・・・・・・私は何故か、これ以上、言葉に表すことは出来ません。

 

 

 昨年7月、転居のため長く大切にしていたピアノを、手放すことになりました。

 

息子が時より、思い出したかのように弾いていました。

「エリーゼのために」、「乙女の祈り」の曲を得意にして多く弾いていたようです。

息子は、今年39歳になりました。

 

 そのピアノも、今はもう見ることが出来ません。

業者の方に買っていただきました。

今ごろは、アジアのどこかの国のお家にあるかもね。

どなたが、何の曲を弾いているのでしょうか・・・・・・

若しかしたら、「月光の曲」かも知れませんね。

 

 

 雲間から月明かりがもれそそぎ、湖面を淡く照らしています。

 

そしてゆっくりと静かにたゆまなく、幻想風ソナタの旋律が流れます・・・・・・・。

 

 

      行政書士  平 野 達 夫

 

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