駿太17歳 | 続・眼鏡記

続・眼鏡記

THE BOOGIE JACKボーカルのヒライシュンタオフィシャルブログ!!

吉祥寺の楽器屋で5万円で買ったエピフォンのレスポール。

テーブルの上に扇風機を乗せ、扇風機の首にカラオケマシーンのマイクを乗せ。

小さなBOSSのアンプをフルテンにした。

一階にいる弟が「うるさい!!」と怒鳴る。

だからスタジオに入ったんだ。

鈴鹿のヤマハ楽器。

RAGDOLLっていうバンドをやってた。ブルーハーツのコピーバンドだった。

でも全然うまくならなくて。

同い年でガンガンにライブをやってる友達がスタジオに遊びに来て、

「何か一曲やってよ。」

と言われても何にもできなくて。

恥ずかしくて。

でも、だんだんできるようになって。曲も作った。

ノートいっぱいに歌詞を書いた。

学校に「バンドやろうぜ」を持って行って、授業中ずっと見てた。

学校の机に、奥田民生の歌詞やブルーハーツの歌詞を書きまくった。

ブルーハーツをマネた曲をスタジオで何回も演奏した。

革ジャンを着て自転車に乗ってた。ダサかった。

鈴鹿にイオンが出来て、島村楽器のキレイなスタジオが魅力的だった。

ヤマハ楽器の汚いスタジオには行かなくなった。

あれから11年。

今日、初めて入ったヤマハのスタジオに曲作りをするために入りました。

俺は今、あの頃の自分に会いたい。

会って、俺ってかっこいいか聞きたい。

どうなんだ、と。

こんな感じでいいのか、と。

今はヤマハではなく、ライブハウスになっていて、でもスタジオは残っているという感じ。

でも匂いやあの雰囲気はまだ残ってて。

機材はボロボロのような気がしたので、持ち込みました色々と(笑)

何曲出来たのかな11年で。

そんなこと思いながら、

おっこいつはもしかしたらスゴイ曲ができたかもしれないという曲ができた。

そしてあの頃の自分に、

どうだ。すごいだろ。

と言ってやった。

解散が決まっても曲はできる。

腹が減るように。

眠くなるように。

屁をするように。

こんな夜を良い夜と言うんだなと思う。