坂口安吾が見た天皇制 | わたしの意見

坂口安吾が見た天皇制

 
坂口安吾(さかぐちあんご)   1906.10.20ー1955.2.17  48歳没

                                                          
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天皇裕仁が大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の敗戦を国民に知らせた「玉音放送」(1945年8月15日)から1年余り経た1946年12月1日、小説家の坂口安吾が、評論的随筆「続堕落論」の中で、天皇制について 次のように述べました。 一部を引用します。(なお、ぜひ「続堕落論」全文もお読みください 続堕落論
                           
                          
『・・・いまだに代議士諸公は天皇制について皇室の尊厳などと馬鹿げきったことを言い、大騒ぎをしている天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども天皇の尊厳というものは常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。
                             
 藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼等自身が最高の主権を握らなかったか。それは彼等が自ら主権を握るよりも、天皇制が都合がよかったからで、彼らは自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分が先ずまっさきにその号令に服従してみせることによって号令が更によく行きわたることを心得ていた。その天皇の号令とは天皇自身の意志ではなく、実は彼等の号令であり、彼等は自分の欲するところを天皇の名に於て行い、自分が先ずまっさきにその号令に服してみせる、自分が天皇に服す範を人民に押しつけることによって、自分の号令を押しつけるのである。
                           
 自分自らを神と称し絶対の尊厳を人民に要求することは不可能だ。だが、自分が天皇にぬかずくことによって天皇を神たらしめ、それを人民に押しつけることは可能なのである。そこで彼等は天皇の擁立を自分勝手にやりながら、天皇の前にぬかずき、自分がぬかずくことによって天皇の尊厳を人民に強要しその尊厳を利用して号令していた。
                      
 それは遠い歴史の藤原氏や武家のみの物語ではないのだ。見給え。この戦争がそうではないか。実際天皇は知らないのだ。命令してはいないのだ。ただ軍人の意志である。満洲の一角で事変の火の手があがったという。華北の一角で火の手が切られたという。しい総理大臣までその実相を告げ知らされていない。何たる軍部の専断横行であるか。しかもその軍人たるや、かくの如くに天皇をないがしろにし、根柢的に天皇を冒涜しながら、盲目的に天皇を崇拝しているのである。ナンセンス! ああナンセンス極まれり。しかもこれが日本歴史を一貫する天皇制の真実の相であり、日本史の偽らざる実体なのである。
                            
 藤原氏の昔から、最も天皇を冒涜する者が最も天皇を崇拝していた。彼等は真に骨の髄から盲目的に崇拝し、同時に天皇をもてあそび、我が身の便利の道具とし、冒涜の限りをつくしていた。現代に至るまで、そして、現在も尚、代議士諸公は天皇の尊厳を云々し、国民は又、ねそれを支持している。
                             
 昨年八月十五日、天皇の名によって終戦となり、天皇によって救われたと人々は言うけれども、日本歴史の証するところを見れば、常に天皇とはかかる非常の処理に対して日本歴史のあみだした独創的な作品であり、方策であり、奥の手であり、軍部はこの奥の手を本能的に知っており、我々国民又この奥の手を本能的に待ちかまえており、かくて軍部日本人合作の大詰の一幕が八月十五日となった。
                                 
 たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕(ちん)の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、外ならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!
                              
 我等国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。竹槍をしごいて戦車に立ちむかい、土人形の如くにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかったのではないか。戦争の終ることを最も切に欲していた。そのくせ、それが言えないのだ。そして大義名分と云い、又、天皇の命令という。忍びがたきを忍ぶという。何というカラクリだろう。めとも又なさけない歴史的大欺瞞ではないか。しかも我等はその欺瞞を知らぬ。天皇の停戦命令がなければ、実際戦車に体当りをし、厭々ながら勇壮に土人形となってバタバタ死んだのだ。最も天皇を冒涜する軍人が天皇を崇拝するが如くに、我々国民はさのみ天皇を崇拝しないが、天皇を利用することには狎(な)れており、その自らの狡猾さ、大義名分というずるい看板をさとらずに、天皇の尊厳の御利益を謳歌している。何たるカラクリ、又、狡猾さであろうか。我々はこの歴史的カラクリにかれ、そして、人間の、人性の、正しい姿を失ったのである。・・・』
                                         
             

この坂口安吾の天皇制に関する評論はほぼ当を得ていると私は思います。 みなさんはどのようにお考えになりますか。 意見を聞かせていただければ幸いです。
              
敗戦後、各地を巡り視察する昭和天皇 裕仁(ひろひと) 1901. 4.29-1989. 1. 7     在位 1926.12.25-1989.1. 7   87歳没
大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)では、数百万もの人々が、国家によってこの裕仁に「命を捧げさせられ」ました。

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現天皇 明仁(あきひと) 1933.12. 23-   在位1989. 1. 7-    81歳
果たして現在の日本に、この明仁のため「命を捧げる」などと思う国民が存在するでしょうか?
ところが日本国民ならそうであるべきだと主張する「日本会議」のような悪らつな皇室翼賛右翼団体が、今もまさに存在し勢力を拡大させています(後述)。

 

 

江戸時代の人たちは次のような考えはカケラも持っていませんでした、「天皇のため命を捧げる」や「天皇陛下万歳」実はそのような思想は、たかだか明治以降、人為的に作られたという歴史しかありません。 幕末維新の尊王の志士でさえ「天皇のため命を捧げる」なんて微塵も思わなかったようです。
                  
そこで明治政府は、天皇を中心とする(利用する)国家統治体制を新たに構築、それを機能させるために、天皇の神格化とともに「天皇のため命を捧げる」「天皇陛下万歳」に象徴されるような思想を編み出し国民に植え付けました。
      
結果、それが狂信的な天皇崇拝主義者を生み、1935年以降の天皇機関説排撃運動や二・二六事件の下地ともなります。 やがて大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)にも繋がります。
            
また、この考えは現在に至るも受け継がれ、尊王皇国史観の妄想に酔いしれ頭の中が桃源郷的お花畑になっている大ばか者が登場する始末です(明治天皇の玄孫が売りの竹田恒泰などが典型)。
            
さらに目下日本最大の皇室翼賛右翼団体「日本会議」のように、日本を再び戦前の天皇中心の国家統治体制に復古させようする愚劣・悪辣な連中が、政治の世界にまで勢力を拡大させつつあります。(青文字をクリックすると11月2日付関連記事《「日本会議」の悪事:天皇中心の国家統治体制(戦前の国体)の復活を狙う悪らつなカルト集団のたくらみが別ウインドウで開きます。ぜひそちらもお読みください。
      
ところで敗戦後、多くの人が思ったことでしょう。 神として崇めた天皇裕仁が、新聞や雑誌・テレビで、その姿、顔、喋り声を晒すようになって、何でこんなくだらない奴のために、絶望的な戦場で死線をさまよい、愛する肉親や家族・友人が傷つき命を奪われたのかと。「天皇のために命を捧げる」・・・何と愚かしいことか。
                    
しかし、単に裕仁「のみ」に責めを負わせるのは間違っています。 真に重い責めを負うべきは、そんな国家統治体制と洗脳的教育制度を作って利用した狡猾な勢力です。
         
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