スーザン・ピンカー『なぜ女は昇進を拒むのか―進化生理学が解く性差のパラドクス』を読みました。

原書のタイトルは"The Sexual Paradox: Men, Women, and the Real Gender Gap"なので、ちょっとニュアンスが違うかなーとは思いますね。

しかもこの表紙(笑)


Hiraha-Library-なぜ女は昇進を拒むのか

amazonからの借用画像ですみません。クリックしても中身は検索できません(笑)


進化生理学ということでこの画を使ったのかもしれませんが、一瞬ぎょっとしました。

というより、図書館で借りるときにぎょっとされました。


この本を読んだきっかけは、社会生物学の研究をなさっている方とお話する機会があったからです。

時間があったら目を通しておいてくださいと言われ、提示されたのがこの本です。


いつぞや、発達心理学はフロイトの影響をもろに受けているので、学問の出発点からしてジェンダー研究とは相いれないものがある、と書いたことがあります。

生物学や進化生理学にも似たようなことがいえるのでしょうか。

お話した研究者の方は、自分の学問領域だけでは見えないことをジェンダー研究社から散々指摘されるので、ジェンダーの方も勉強したいとのことでした。

こういった研究者が増えると、お互いの主張をもっと理解しようという意識が生まれ、非建設的な敵対関係も和らぐかもしれませんね。




…とはいったものの、会ってみるとなんと話の噛み合わないこと(爆)

やっぱり大学院ってなんだかんだ洗脳される部分もあるし、大学のカラーなんかとも合わさって非常に頑固な思考が形成されてしまうんだなーと思いました。


肝心の本の内容ですが、ポストモダン・フェミニズムの考え方でいくと、この題名からしておかしいということになる。

女が昇進を拒んでいるのではない。社会が女の進出を阻んでいるのだ、と。


しかし、女性の機会が増えた現在でもなお、なかなか管理職レベルの女性が増えない。

今までジェンダー平等の名の下に男女平等理念を据え付けてきたけれど、やはりこれには生物学的な男女差があるのではないか、そんな知見から出発したのがこの本です。


臨床心理士である著者が注目したのは、子ども時代のADHDや自閉症には圧倒的に男性が多いという事実。

にも関わらず社会に出ると重要なポストにつくのは男性が圧倒的多数。

エリートコースを辿ってきた女性は、自らキャリアを離脱して家庭を重視することも多いという。

それは、本にも掲載されている女性へのインタビューによって裏付けられています。


この事実を説明する理由として、生物学的性差を挙げています。

そもそも男女は価値観の認識が違う、と。

いわゆる「市場価値(役職、収入など)」に価値を見出す男性と違って、女性はもっと働き方や個人の充足感に重きを置くのだそうです。


この辺りは、ギリガンの主張を念頭に置くと理解しやすいかと思います。

実際著者もギリガンを引用し、「共感性」などの「道徳的」観点を紹介しています。

「共感性」などの特性は、社会など外的圧力によって女性に押し付けられたものであるというのがギリガンの主張。

それに対して著者は、それを「遺伝的・神経学的要因やホルモンに起因する人間の特性の一つ」として扱っています。


ここまではいい。

なるほど、そういう見方もあるんだな、という程度に読んでいました。


しかし、読み進めていくと上に挙げたことが「女性の特性」にすり替わっているのです。

X染色体やY染色体の話も出てきて、いかに生物学的にそれが立証できるか、ということが述べられていきます。


やっぱりこういう「データ」を出してくるあたり、社会科学系と噛み合わない原因かな、と思ったりします。

本の紹介部分にも書いてあることも、突っ込みどころ満載↓


「男と女は、やはり本質的に『違う』のではないか?統計的にもあきらかな生物学的違いを無視して、杓子定規に『平等』を求めることは、本当にわれわれを生きやすくするのだろうか?」


いや、別に「杓子定規に『平等』を求め」たりしてないですから(笑)

そのあたり、ギリガンには同調できたのにこの本には納得できない理由の一つです。


「本質的」な違いの解明が、生きやすい世の中をつくるとは思いません。

突き詰めて考えていったら、一人ひとりみんな違うわけですから。

60年代フェミニズムの主張への逆行だとは思いませんが、同じような盲点はあると思います。


最後に、余談を一つ。


同席した別の研究者さんによると、この「男女の違い」が教育界で問題になっているのだとか。

先に少しご紹介したように、ADHDや自閉症など、「問題」を抱えるのは男の子が多い。

それは、机に向かって長時間椅子に座り、授業を聞くという制度に問題があるのではないか、と言われているそうです。

そこで検討されているのが、教育体制の見直し!

「今の制度は女子にとって有利である。だから、女子の方が勉強がよくできるし、進学率も高い。これではいい学校が女性だらけになってしまうから、男性も平等な機会が得られるような新たな評価基準をつくりましょう」

という話らしい。


冗談じゃない!

こういうところが、男性中心の社会システムだと思うのです。

今まで自分はフェミニストを自認していなかったけれど、この談話の後に、やはり自分はフェミニストであると認識しました。

そんな身勝手な制度変革には賛同できませぬ。

徹底的に闘いますよ。