母親目線になってしまう


AERAで連載中の「この人のこの本」で

いま読んでおくべき一冊を取り上げられ、


令和を代表する「日記文学」のひとつ

になるのだろう。


と言われた「プレイダイアリー」






男性性の生きづらさを取り扱ったのが

「物語じゃないただの傷」 なら、



今回の「プレイダイヤリー」は、

先生に
「女の子は笑顔でいた方がいいよ」
と声をかけられて以来ずっと
笑顔だった女の子の役を演じる
女優が主人公の話がメインで、

女性の生きづらさが主題。

私が興味を持ったのは、
表題の話に出てくる
売れない主人公の親友 
ひろみの話。

ひろみは小説家志望で
小説の新人賞に応募し続けながら、
タイミーでアルバイトして、
生活費を稼いでる。

そんな状態を母親からは
「ちゃんと生きなさいよ」
と言われていて、

ひろみは母親の言葉に対して、

​定職に就かず

ふらふらしていることについて、

親に「ちゃんと生きなさいよ」

と言われたけど、

私はえらいので我慢した。


私なりに悔いなく

人生を生きたいから

将来が見えなくても好きなことを

しようとしているということを、

いくら説明しても親はわかって

くれない。


それに向こうだって、

思っていることをちゃんと

言葉として届けたいなら、

私にこう言うべきなのだ。


「社会のために生きなさい」


「他のたくさんのひとが

 しているように生きなさい」


「なるべく苦労が少ないように

 生きなさい」


「私たちを恥ずかしくないように

 生きなさい」


「世間なりに、あなたらしくない

 かたちで生きなさい」


そんなことを言うべきなのだ。


あのひとが言った

「ちゃんと生きなさいよ」

って、そういうことだ。


と心のなかで思ってる。


25歳のひろみから見れば

私は母親世代。


ひろみの母親が娘に


「ちゃんと生きなさいよ」


という気持ちもよくわかる。


去年までの私がそうだったから。


ASD+ADHDの上の子UMAくん

「ちゃんとした生き方」が

負荷が重すぎて、できないことを

思い知らされて、


本人なりに悔いなく

生きていってくれることを

願うしかない。


そんな気持ちでこの本を

読み終えました。









自分が親になって感じたこと

 

 

 

 

 

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