しつこいsatoriです(-。-;)


ここで少し冷静になりまして


タイトルはsatoryのうつ病・パニック障害からの脱出


なわけですが


おまえのチープな人生語ってんじゃね~~よ!


と批判を受けても仕方がないのでご説明を・・・・・


③の最後の方でハチャメチャやったと書きましたが、実はこのころ発作などがほとんど起きない状態になってきていたんです。


まあ、パニック障害が基本死にたくない!!


から来ているので、死にたい私にはちょうど良かったのかもしれません??


こんなことも誰かの参考になれば・・・と思い書いてます(と言うか・・誰も見てないと思うけど^^;)





さて、話を戻します。


ある日、高校時代からの友人が



またトラックに乗らないか??


と、声をかけてくれました。


正直この仕事だけはやらないと決めていたので


考えさせてくれと言うと


彼は



今乗らないとたぶんsatoriは一生トラックは運転できなくなるぞ



がんばれよ!!!


と言ってくれました。


当然??会社の社長にもその旨すべて伝えてくれて、それでも良いと話をしていてくれたのです。


正直1度ワッパ(ハンドルです^^;)を握った仕事をするとなぜか離れられない・・・・


乗りたい気持ちはものすごくあるのですが、やはり悪夢が・・・・・・



でも・・・・失うものも無い、何もない私に選択の余地はありませんでした。



しかし、やっぱり何かあった時(また体が動かなくなったときとかね^^;)事故でも起こせばみんなに迷惑がかかるとか考えたり。


そうとう迷った結果


乗ることにしました!!



ドキドキしながら10年ぶりくらいにトラックに乗り、しばらく走ると・・・・


走馬灯が回るがごとくあの時の恐怖が(TωT)


体が硬直しはじめ、息が荒くなっていくのがわかりました。


もうだめか・・・・・・・・



と、思った時、やさしく手をにぎて背中をさすってくれる人が・・・・・







実はシッチャカメッチャカだった頃、合コンなんぞに沢山出かけては悪さ(ご想像にお任せいたします^^;)


していたのですが



多分人数合わせで来ていた1人の真面目そうな、本当にかわいい子が私なんぞに興味を持ってくれてまして・・・(この子には悪さはしてません!!^^;)楽しくお話ししました(本当です!なにせ年が離れていたのでさすがに・・・・ねっ^^;)


その後、友達としてメールや電話で話していたころ、私が、またトラックに乗る話をしたら


心配だから一緒に乗ってもいいかと聞かれてまして、2つ返事でOKしてました(だって一人は怖いから^^;)


そうです、実は初仕事の日1人ではなかったんです^^;







この子が手をさすってくれた時、なぜだかしばらく忘れていた



幸せ



と言う感情が湧いてきました。


冷たくなった手を・・・こわばって苦しい背中を一生懸命さすってくれているその姿・・・・・正直涙が出ました・・・


もう2度と女性とは付き合わない!


女は信用しない!!


ずーっと思っていた感情がその時にす~~と消えました・・・・と、同時に昔のように普通に運転している自分がそこにいました。


体も温かくなり、過呼吸も止まり・・・・・ただ、シフトノブに乗せた私の手の上から暖かい彼女のぬくもりしか感じていない自分に気がつきました。



彼女が大学を卒業してすぐに私たちは結婚しました。


彼女の就職先は・・・・



私のトラックの助手席・・・・・



本当の2人3脚です(●´ω`●)ゞ


当然病気の事、借金の事、すべてを話した上で彼女は了解してくれました。



最高の伴侶



私はそう思っています


仕事もおかげさまで独立して、トラック4台を所有して借金も返済(現在は不景気のため???ですが^^;)


子供にも恵まれました。


心にゆとりができました。


でも発作は今でもときどきおきています、病院も当然?いまだに通っています(特に仕事の事を考えると・・・うううううう~~~(TωT))


でも・・・・



幸せです



心のゆとり・・・幸せ・・・そしてうわべだけではなく心からこの病気を理解してくれるパートナー



それでこの病気とは戦えると思います・・・いやこの病気と仲良くした方がよい、という言い方の方が適切だと思います。


完治はしなくても人間らしく、幸せに暮らす方法は、人それぞれ沢山あると思います!!



みなさん・・頑張りましょう!!!!(と、言うか・・・・独り言になってますね多分(涙))



もし読んでいただいた方がいたら、私の至らない文章、最後まで読んでいただいてありがとうございます。




satori


satoriです。


つづけて行っちゃいます^^;


さあ、②でやっと先生に出会えたsatoriですが、


ここでもうひと方重要な人物に出会います



心理カウンセラーのT先生でした。



この方は年配の女性の先生でしたが、ある意味目からうろこ・・・・でした^^


そして、こんなことができるのか!!


薬だけではなくこんな方法もあったのか!!


と言う感動??すら覚えさせてくれたのです。


集団療法や催眠療法を取り入れてくれて、私は正直みるみるうちに元気を取りもどしていきました。


このころには少しですが仕事もできるようになり、なんとか回復に向かっていたのです。



ところが・・・・・・・・



このころから妻の様子が・・・・・・・



まあ簡単に言えば浮気されてました私(TωT)



これですっかりテンションが下がり、元のもくあみ。



実はこのころ先生から言われていたのは、satoriさんの今の救いはうつ病の気配があまりないことですね



と言う言葉でしたが・・・・・・・



この事件のとき初めて・・・死にたい・・・・・と告げました。



正直修復は不可能な状態でしたので、妻とは別れました。



まあ、金遣いのあらいきつい嫁でしたのでせいせいしたところはありましたが、子供のことを考えると・・・



上に書いたように簡単に別れたわけではありません!!(言い訳ですね^^;)



こんな状態の私では子供を育てる環境もなく、子供は嫁に取られました・・・・・・



正直生きる希望・・・・・・・・・それがなにも無くなり、毎日ただ泣いていました・・・・・・・・・



だがしかし!!



涙も枯れたころ、これがバネに変わり、自分にやる気が戻ってきたのです!!



恨み・・・・・と言うやつですか(苦笑)



元妻に最後に言われた一言



あんたのこともう尊敬できないんだよね!!


もうお金もないし!!



おいおい・・・最初の一言はまあいいでしょう


でも…最後の一言は何だ??????



この一言でがぜんやる気が出ましたね。


まあ、当時はバブル全盛期で、私の稼ぎは月3ケタ万円は稼いでいましたからね(病気になる前ですよ^^;)


まあ夜もほとんど寝ないで走ってましたから・・・・・・それがこの病気になった1番の原因でもあったわけですが・・・



それを使い切って、借金だけのこして奴は私の前から消えたわけです・・・・・



それから私は頑張りました、いろいろな仕事もしました


でも、なかなか長く続かないのです。



この病気を患っている方にはわかると思いますが、心と体がリンクしない感じ??


とでもいいますか、頑張れば頑張るほど心がくじけるんです(号泣)



それでも少しお金をためて自営業をはじめました。


でも・・・・・バブルがはじけたあとです。



ちょうど今と同じように景気が悪く、事業は失敗しました・・・・・・・


また残ったのは借金だけです・・・・・・・


正直人生こんなものかと、また死ぬこと、もう会えない子供のことを考えてはまた泣きぬれ、酒に逃げだしました



繁華街に行き、8○3の方にわざと喧嘩を売って、殺してもらおうと思ってむちゃくちゃもやりました・・・・がっ・・・


逆にスカウトされてしまったり(恥)


もうシッチャカメッチャカで自分でもあの頃のことはあまり覚えていません。


そして・・・・


1人の友人が私を救ってくれるまでこんな日々が1年以上続きました。


またつづく



satoryです。


まあ誰も見ていないと思いますが(´_`。)


続きを書きます。


さて、数々の病院を回って約2年・・・異常は見られず、ただ日々が過ぎて行きました。


当時私は結婚しており、妻と子供が3人おりました。


当然仕事もできない、貯蓄もなくなり、車も売り、なんとか生活しておりました。


当時の妻も仕事をするようになりましたが、私の収入の1/10くらいなもので(私かなり高収入でした…当時は^^;)


生活水準が下がり、夫婦仲も険悪に・・・



だって原因は分からないのに仕事をしない夫な私です。



とうとう妻の口から


サボってるだけなんじゃない??


ああああああっ地雷ふんだ~~~~



この時の私はと言えば、



まず、乗用車の運転ができなくなり


助手席に乗っていても発作が出るようになり


外出ができなくなり


近くのコンビニに買い物に行くことさえできなくなり


自分の寝室から出ることすらできなくなっていました(TωT)



もう、これは今ならパニック障害の何物でもないと疑うのでしょうが、



残念なことに当時はこの病名がなかったんです・・・・・・


そこに当時の妻の一言・・・・あれはもう死んでいる人間に更にとどめを刺すような一言でした・・・・



不思議と当時は死にたい・・・・とは思わず、とにかく生きたい!!


どうにかしたい!!


としか思っていなく


友人が、うつ病なら死にたくなると聞いたが、逆だしな~~



でも、精神科に行った方がよいと思うよ。



頑張って行ってみようよ!



と、声をかけてくれるまで実は、精神科を受診していなかったのです。


なぜかと言えば、当時受診していた大学病院の先生に1度相談したのですが


satoriさんは精神的な病気ではないので徹底的に調べましょう!!!


と言われていたからで・・・・・脳神経外科でしたが・・・



1年以上ここで損しましたね(怒)


そこで、ものすごく頑張って(とはいえ家から2キロくらいの場所でしたが、当時の私には赤ちゃんが外出するくらいすごいこと???^^;)



精神科に行きました。


ここは当時若い人が多く受診していて(このころは私も若かったんです^^;)評判も良かったところでした。


そこで受診した結果・・・・・・・



即入院しなさいとのこと(汗)



診断は


重度の心身症と診断されました。



また、その時の担当の先生が、実は最近satoriさんとよく似た症状の方が多いんです。



しかし、理由が分からない・・・・・・と、答えられました。



私は理由が分からないのであれば入院はしない!


自宅が近くなので通院する!


くすり合わせはリハビリーを兼ねて??毎日来ます!


と先生に告げると、案外あっさり



それで行きましょう


と、おっしゃってくれました。


その日、抗うつ剤やその他いろいろ??の薬を沢山もらい、


3日間毎日違う薬を飲んで違いを確かめました。


死ぬほどだるくなる薬


起きることもできなくなる薬


ろれつが回らなくなる薬


やたら気分だけハイになる薬


こんなことを半年くらい続けたでしょうか・・・・・・


やっと自分に合った薬に出会えました(*^▽^*)


しかし、そのころ先生に言われた一言がつらかったのも覚えています。


この病気は外科で骨折したのと違い、ほとんど完治することはないでしょう。


特にsatoriさんは、ここに来るのが遅かった・・・・


この言葉、つらかったですが自分を奮い立たせる一言にもなりました。


本当に良い先生に巡り合えたと思います。





すぐつづく