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YA-KYIM


yakyim

1999年、小学校からの幼なじみのALISA,YURIE,MIKUがダンスをきっかけに、HIP HOP祭典B-BOY PARKに参加、HIP HOPカルチャーに衝撃を受け、自らマイクを握ることを決意する。その後、渋谷を中心にダンスショータイムを始め、2002年からYA-KYIMとして精力的にライブ活動を展開。同年、原点であるB-BOY PARKのアーティストライブにも出演を果たす。
2004年にはDJ KAORIの大ヒットMIX CD『“RIDE”into the PARTY』に『Woo,Woo,Wow』が収録されことにより、デビュー前にして全国規模の注目を浴びることとなった。
2005年4月、ティーンズならではの時代性、現場感あふれるサウンド、ダンス、何よりも強いHIP HOPマインドを携えて『Clap 'n Clap』でデビュー。その後『Happy the globe』、『Elec-Trick』と彼女たちの多彩なHIP HOP感を表現したシングルをリリース。
2006年1月、満を持して『自分たちのONLY ONEスタイルでNO.1になってみせる』という強い意志をこめ、1stアルバム『STILL ONLY ONE』をリリース。新しい時代のガールズグループとして更なる飛躍が期待される存在になっている。
彼女たちの高いエンタテインメント性と音楽性、そしてカルチャー、ヒストリーをも踏まえたHIP HOP精神が体現されるパワー溢れるライブは必見。YA-KYIMの果敢なる挑戦から目が離せない!


エイジアエンジニア


エイジア

エイジアエンジニアというグループ名には「アジアに進出したい!」という勢いと「楽しいことを創りだす職人でいたい!」という2つの気持ちが込められている。

東京・湾岸エリア出身の幼なじみZRO、YOPPY、KZの3人がもとになってエイジアエンジニアを結成し、98年から都内のクラブを拠点にライブ活動をスタート。

2001年2月にSHUHEIが加わり、さらにDJバトル界の実力者、スーパースクラッチャー・taki06RがライブDJとして加入。

2005年2月16日念願のメジャーデビューを「スーパーヒーロー/上のほうへ」で果たし、4枚のシングルを経て、9月28日に1stフルアルバム「ぜひっ!!」をリリース。2005年11月に行われた初の全国ワンマンライブツアーとなる「ぜひっ!!全国の皆さん、こんにツアー」は、各地の人々の激しい興奮と共に幕を閉じた。ポジティブかつ楽しい楽曲を作り続ける彼らを、追わずにはいられないはずっ!


SEAMO


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1995年より地元名古屋、東海地区を中心にシーモネーターとしてインディーズ活動を初め、同地区におけるHIP HOPの新しいスタイル、ムーヴメントを確立。その後、若きHIP HOPアーティストとのチーム「男塾」を結成。(現在も名古屋では“塾長”の愛称で親しまれている)

2005年、シーモネーターとしての活動はやりつくした…との思いから名前をSEAMOに改名。3/23にさだまさしの「関白宣言」を大胆にリメイクしたシングル「関白」でデビュー。7/13には2ndシングル「DRIVE」をリリース。全国FMラジオを中心に20局以上のヘヴィ・ローテーションを獲得。夏大型イベントの出演を経て、お互いをリスペクトする親交の深いBENNIE Kとのコラボレーション・シングル「a love story」、そして1stアルバム『Get Back On Stage』をリリース。


SOFFet


soffet

YoYo (25歳/MC+サウンドプロデュース)とGooF (25歳/MC)の二人からなる男性スウィング・ラップ・ユニット。

ワーナーミュージック・ジャパンから2003年3月にメジャー・デビュー・シングル「君がいるなら☆」を発売。

2005年第1弾シングルとなった「へその緒」ではSOFFetらしい温もりのあるバラードトラックに、家族の絆、人と人との繋がりを描いたストーリーをのせ、誰もが持つ母親へのピュアな愛を表現。さらにリリース日である6月8日が日本記念日協会により「へその緒の日」として制定された。(楽曲タイトルが記念日として制定されたのは日本初)。8月にはSOFFet初のコラボレート・シングル「GOOD MORNIN' GOOD ROLLIN'」を佐藤竹善&SOFFet with "No Name Horses" Directed by Makoto Ozoneとしてリリース。SOFFet、佐藤竹善、小曽根真によるPOPS+HIP HOP+BIG BANDJAZZというノンジャンル・ノンカテゴリーのコラボレートを実現し、"朝専用ソング"として話題に。


2BACKKA


2backka

99年、2BACKKA結成後わずか半年で都内のクラブにおいて月間最高18本のライブをこなし、クラブシーンで絶大な支持を受けるようになる。これまでの活動を基に豪華アーティスト(Diggy-MO'・BENNIE K・a.mia・TSUYOSHI)を迎え、04年11月には待望のデビューアルバム『Turn』をリリース。渋谷のショップではJAPANESE HIP HOP CHART第2位、北海道NORTH WAVEではインディーズ・リクエスト・チャート2週連続1位となり、全国的に一躍話題となる。

そして遂に05年10月には、HAMMERが主催するイベント“UNITY”の出演者によるコンピレーションアルバム『UNITY』をリリース!全17曲をHAMMERがサウンドプロデュースし、BENNIE K、ViRCAN DiMMER、2BACKKA…豪華アーティスト参加!M.6では2BACKKA feat. MILI from 瘋癲(FU-TEN)という夢のコラボレーションが実現!


デリカテッセン


derika

「Funky 4 + MAD」をキャッチフレーズに掲げる大阪ヒップホップ代表デリカテッセン。2000年頃から活動をスタートし、大阪を拠点にアンダーグランド・ヒップホップ・シーンを牽引し続け、数々の海外大物アーティストのフロントアクトを務める。メンバーはDJ/MC/トラック制作を担当するHyoutan、MCのBA-K、Marky、Sir-Yangの4人。衣装を合わせるパフォーマンス(特にヒョウタンがブースからフロントに飛び出す事も)が話題を呼び、瞬く間にその噂は全国に広まる。そして2005年7月に「Steppin'」でメジャー・デビューを飾り、待望の1stアルバム「デリカテッセン」が2月15日にリリース。


電撃チョモランマ隊


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1992年初夏、「マクドナルドダンスコンテスト」に出場するべく、高校の有志メンバー1で結成。当時Q-TARO18歳、EBATO16歳、U-SAKU16歳。エベレストの中国名「チョモランマ」にインパクトを感じ、世界の最高峰、世界に通用するエンターテイナーを目指そうという思いから命名。数々のコンテストのタイトルを獲得し、メンバーチェンジを経て1998年、当時17歳のTAKE-C、OH-SE加入。

2001年、「JAPAN DANCE DELIGHT」で念願の全日本チャンピオンの座に輝く。そして2003年、新たなステージを求めヴォーカルに挑戦、プロデューサーにヒロトスズキ(DJ HiLow10)を迎える。「ダンスを知らない人にも楽しんでほしい!」新生“電撃チョモランマ隊”が歩き出す…。


BENNIE K


BENNIE

シンガー:YUKI、ラッパー:CICOによるフィメールユニット。

YUKIは中学校卒業とともに渡米し、本格的なボイストレーニングを始める。CICOは高校卒業後渡米し、元々傾倒していたHIP HOPミュージックに没頭する毎日を送る中、RAPの創作を開始する。そんな二人がL.Aで偶然出会い意気投合し女性シンガーと女性ラッパーという新しいスタイルでユニットを結成した。そして2001年にSingle"Melody"でデビュー。

2005年6月にリリースした「つながる瞬間に。コカ・コーラ」キャンペーンCMソング『Dreamland』がオリコンチャート初登場2位、7週連続TOP10入りを果たし、50万枚を突破。2005年9月にリリースした『Sky』も初登場トップ10入りを果たす。

夏は「SETSTOCK'05」「SUMMER SONIC」等の夏フェスに、秋には100校近くのオファーのうち10校の学園祭に出演。

2005年11月9日4thアルバム『Japana-rhythm』をリリース。BENNIE K初となるオリコンチャート1位を獲得する。

そして2006年1月から、全国ツアー「Japana-rhythm ~ sound trip tour '06~」をスタートする。


mihimaru GT


mihimaru

2003年1月。
ボーカリストを目指す hiroko と、BoA、SMAP などに楽曲提供していた miyake が出会い結成。
POPSもHip-Hopも区別なく『普通に』聞いてきた自分達が、心から楽しめる音楽の確立を目標に活動開始。
渋谷ROCK WESTを中心にストリート、クラブ等でライブを続けながら、6月にはアナログ盤をインディーズでリリース。
同年7月。そのアナログ盤が偶然 TVドラマのスタッフの耳に止まりメジャーデビューを果たす。
HIP!POP!をキーワードに、イノベーティヴな POPS を目指すピースフルなユニット.


AZU



AZU

16歳でシンガー「AZU」としてクラブシーンへデビュー。
HOME MADE 家族のオーガナイズイベント「ON THE RUN」へレギュラー出演していたユニット「SNAZZY BLOW」「R」を経て現在ソロシンガーとして活動中。

2006年SEAMOセカンドアルバム「Live Goes On」収録曲『心の声』へフィーチャリングボーカルとして抜擢され、PVへも出演(MTVチャートで1位を獲得)。全国ツアー8公演にも同行、各地で予想以上の反響があり、2007年5月30日、ソロシンガーとしてついにメジャーデビューが決定。

現在、SEAMOがオーガナイズするイベント「GOLDEN TIME」のほか、名古屋、三重でも多くのイベントへレギュラー出演中。
A~Zまですべての言葉に想いをこめてU (YOU)、あなたに伝える。