アンチオリジナル | 山本新一

山本新一

山本新一のブログです。

サンクチュアリ出版より「働くきみをアゲる18の冒険」を出版しています。
JR千葉駅にて、Beach Cafeを営んでいます。

日本の歴史を三つに分けるなら

江戸時代まではシナ文化 の真似

戦後まではヨーロッパ文化 の真似

戦後はアメリカ文化 の真似

って、昨日読んだ本に書いてありました。


これを見て、

「あ、やっぱ俺、根っから日本人だ。」

と思いました。

んで、日本人はやっぱり素晴らしい民族だなって思いました。


俺は元来真似をするのがめちゃめちゃ得意です。
物真似とかも実はすげー上手いのね。
実はね。
でも実は感を出したいので
「やってよやってよ!」「やれ!やれ!」
と言われたところで絶対にやりません。

が、俺の推測によると、間違いなく35人くらいの著名人の真似くらいは容易いです。

これからはこの人物真似も出来るんだーって感じで見てください。


で、本題に入ると

オリジナルっつーのは何かと何かを掛け合わせて融合した一つのもの

だと思う。

オリジナルとか自分らしさだとか、最近俺ら若者はそんなことを口に出しては人の真似をすることを毛嫌いする傾向にある。
だけども、そもそも俺もあなたもその存在自体、過去も未来も、顔形も思考回路も全部オリジナルなわけだから、そんなのは当たり前の話であって、

「それあいつの真似だべ」 とか
「あの人に影響されてんだねー」 とか

そんな事を言われると、自分の中のくそ小さい自尊心が防御して

「いやいや、これ俺昔から思ってたしやってたしってか、その人あんまり良く知らないし」

みたいに、言ってしまうんだけど、

はっきり言って、そんなんミクロの問題なんじゃないかと思う。


「オリジナリティを大切に」って教育は、
「人の真似をする事はかっこ悪いこと」というよーな認識を植えつける気がしてあまりよくないと思う。

誰かに憧れて、その人の真似をして、また誰かに憧れて、その人の真似をして、また誰かに憧れて・・・

その積み重ねがそもそもそいつのオリジナル。
誰かと誰かと誰かと誰かが融合されて今ここに存在する自分が、自分のオリジナル。

つーか親二人の結合の証が俺らなんだから、
そーやって生まれてくるのが人間なんだから、
当たり前ってば本当に当たり前。


それが俺のオリジナルになってるし、世の中かっこいー人ばっかいるから、そいつらに肩並べるくらいにはとりあえずなりてーなんて憧れてかっこいーとこを真似する。


ちなみに今の俺には10人くらいの憧れの人が入ってます。
もしこれ、あの人だったらどーするか・・・?
それを踏んで
俺はこうしよう
と物事を決めます。

「憧れ」と「夢」はある意味磁石になると思う。
(まー磁石についてはまた今度で。)


憧れた時、人は一番前に進めるんじゃないかなーとおもふ。
前に進んだとき一番、俺もてるんじゃないかなーとおもふ。
もてたとき、俺幸せな人生送ってんじゃないかなーとおもふ。


とにかく、
(とにかくって便利。めんどくなったときにすぐ止められるのね。)

オリジナルオリジナル
でもこれやっちゃうとあの人の真似っぽいし
あの人先にやっちゃったし


「ごちゃごちゃうるせーよ」




「とりあえず

       やれ。」



って感じよね。


自分らしさはやりながら考えろ


って感じよね。