書かないと、遺さないと忘れてしまうから、だから想いが消えない内に、自分の言葉で記しておきたい。
十代目 坂東三津五郎丈
59年の生涯、誠にお疲れ様でございました。
膵臓癌と公表された時から、いつかはこうなってしまうのではないかと、心の何処かで覚悟していた部分もありましたが、いざ実際に訃報を聞かされると、やはり言葉では表せない驚きと、口惜しさで溢れました。
まだ、早い。早過ぎると想います。何故、神様はこんなにも、多くの名役者を地上から奪ってしまうのでしょう。
天上の歌舞伎座は、今頃どんなにか華やいでいるのでしょう。
三津五郎さんの芸に対する実直なお姿勢が大好きでした。内に秘めた、静かに燃やす芸心が大好きでした。
願わくば、未だ未だ、三津五郎さんの芸を観たかった。三津五郎さんが役者として達観していく様を、見届けたかった。
悲しい、よりも悔しい、という想いでいっぱいです。
本当に、何故。間違いなく、奪われたくない方でした。
悔しくて、口惜しくて、堪らないですが、全ては及ばざるが如し、受け入れて進むしか無いのですよね。
これからの大和屋を、精いっぱい、応援していくしか無いのですよね。
巳之助くん、喪主という大役、お疲れ様でございました。
初めての、大和屋の家長としてのお勤め、ご苦労様でございました。
あまりにも、ご立派で、ご立派で、普段の?明るい巳之助くんと想えない程(失礼)、ご立派で、切なくて堪りませんでした。
想像するに難く無い程、沢山の苦労をしてきた巳之助くん。三津五郎さんに対する想いは、きっと一言でなんて表せないと想います。私なら、耐えられない。私なら、赦せない。
三津五郎さんの、坂東三津五郎としての生き方は尊敬していますが、守田寿としての生き方は、全く尊敬をしておりません。
これはあくまで私個人の意見ですが、不倫する大人が俗に言う「妻(或いは夫)のことは愛していないが、子供のことは愛している」というセリフ程、子供に響かないセリフはありません。
自身の親を大切に出来ない親に、そんなセリフを吐く資格など無いからです。
母と父の間に産み落とされた子供にとって、両親の不仲程、自身の存在を否定される出来事は無いからです。
きっとそれは、同じ立場になった人間にしか解らない苦しみ。だからいつも私は過剰に、巳之助くんに肩入れしてしまいます。
不倫、という行動で、自身の存在を否定した父。
一般家庭なら、縁を完全に切ることが出来るのに、大和屋という家柄で繋がっている以上、縁を切れない父。
師匠と弟子である以上、敬わなければならない父。
巳之助くんの心情は、如何に苦しく、辛いものだったのか。ましてや末っ子長男、同じ境遇の兄弟すら居ない身で。
歌舞伎に真面目に取り組まなかった若き日々、例えそのせいで巳之助くんの芸に未熟さがあるとしても、それは決して、巳之助くんだけのせいではない。
巳之助くんを追いやった、三津五郎さんのせいでもあると、想っています。
それなのに。
あんなにもご立派な挨拶をしてもらえて、本当に幸せ者ですね、三津五郎さん。
ちゃんと聞かれていましたか?受け止めてくださいましたか?
父としては最低でも、師匠としては最高であった、捻れの先に出来たその繋がりは、決して私たちファンには想像出来ない程の、一種の堅さを生み出していたのだと、感じました。
この数日、想っていることがあります。
これからの大和屋も、他の屋も、若手の実力を嘆くのでは無く、若手の成長を共にする覚悟で通うべきなんだと。
ましてや、同世代の私たちが応援せずして、誰が応援するのかと。私たち同世代こそが、彼らの背中を一番に後押しすべきなのではないかと。
一介のファンでしかない私たちに出来ることなど、極力舞台に足を運んで、微々たる貢献にしかならなくても大和屋の興行収入を落とさないこと、くらいしかありません。だからせめて可能な範囲で、彼らの舞台に足を運びたい。観劇という形で、彼らの背中を全力で押したい。それがきっと、歌舞伎という伝統芸能を後世に継承していく一端であると信じて。
大分長くなってしまいました。
(いつものことですが)
十代目 坂東三津五郎丈
誠に、誠に、お疲れ様でございました。
記憶に残る素晴らしい名演技の数々、決して忘れません。
「十代目は、芝居心と舞心を持った、素晴らしい名役者だったのよ」と、必ずや後世に伝えてみせます。
どうか、どうか安らかに。
天上の世界を、愉しんでください。
ネオン街だけは、程々に。
大和屋の未来は、全員で背負います。
心からの感謝を込めまして。
ありがとうございました。
