あの日のあの時間、私はテレビの前にいました。

突然画面が変わり、日本列島に真っ赤な津波警報と、沖に向かって津波を逃れる

漁船の群・・・・・今も忘れることは有りません。

 

その後も今も報道でしか様子は分りませんが、今もなお自宅へ帰られない人や

風評被害に苦しんでいる人がおられる・

 

そして未だ家族の元に帰られない御霊も・・・

 

ブロ友さんの手作りキャンドルと黙祷・・・鎮魂の輪・・私にはこれぐらいしか出来ませんが・・

 

 

 

倉敷市役所保健福祉推進課から封書が来た。

 

 

 

 

 

避難所まで自力で避難できるかどうか・・・の問いですね。

見守られている・・・を実感しています。

三年ごとに送られてきます。

 

まさかの坂は誰にでも・・・ですものね。

二本の足で避難できる・・感謝ですね。