緩和ケアに入っていた義姉がとうとう亡くなった。
リウマチと癌の痛みから解放された日だと思ってあげたい。
なので、東広島にある兄の所へ、昨日と一昨日は
行っておりました。
お通夜で眠らず・・・告別式と初七日は、船こぎ船頭さんでした。
二年前、胆管癌で除去したものの、転移して・・・
本人の意向で昨年10月から、抗がん剤治療をやめて、
二週間前から緩和ケアに入っておりました。
口数の少ない義姉でしたが、自分の意思ははっきりした、
我慢強い多くのものを望まない女性でした。
90歳のお母様が御健在で気丈にふるまっておられ、
私と一緒にお通夜で一睡もなさらず・・・
娘が先に逝くのを、嘆き悲しむ様は・・涙涙
二歳半、歳が違う兄が、大学へ行くために家を出て、
その後、就職、結婚で、年に一度か二度、実家で会う位で、
両親が亡くなり、実家が無くなった、最近の二十年近くは、
姪や甥の結婚式や、法事で顔を合わす程度でしたが、
二日間、兄といて・・・・
頭もよく、周りも読める兄に尊敬をしていましたが、
その性格からか、大会社に就職して、出世コースを
踏み外さず、定年、その後はお決まりの、
関連会社の社長を経て・・この3~4年は
義姉と孫を訪ねたりの日々と・・介護・・・
・・・・で、元々、理路整然とし、人を仕切るタイプでしたので、
家庭ではもちろん、職場でも・・周りはイエスマンばかり・・
それが、増長したのでしょうか!!!!
すっかり、ワンマンになっており、他人の意見には耳をかさない
頑固者になっておりました。
二人しかいないノーマンは私と次男坊の甥っこ、
会う度に、何時か二人でぎゃふんと言わせたいねと、
密かに同盟を結んでおりました。
何かと意見が食い違うその次男坊の甥と兄、
おとなしい義姉は、見守るしか、すべは無く・・・・
次男が高校生の頃に「おばちゃんが貴方の理解者、
あなたの気持が解る人が一人いる!!」と
その甥と会ったとき、私も号泣!彼も号泣!!
優しい母を亡くし・・実家へ帰る嬉しさ、楽しさを
失ったのだなぁ・・・と・・・・・・・
余り、人前では涙を流さない甥と、控室で
しばらくの号泣時間でした。
終えて・・・帰宅すると、差し入れのちまきとケバブ♪
美味しくいただきました♪
さぁ!!今日から日常が始まります。

