しばし青森を回ってまいりました。
青森県人が いかにねぶたを愛し 熱狂しているかが現地を回るとよく分かりました。
ねぶたとは
出雲 根の一族に 蓋をする
という意味です。
私は その根の一族の生き残りの人間が
先祖代々口伝で伝えられてきた 出雲の歴史として
聞かされています。
東北の地では とんでもない数の出雲人がころされ
土の中に埋められました。
そういう事実は どこにも文書では残されていない。
縄文 出雲に関わるものは あらゆる文書が抹殺されているうえ
歴史にもその痕跡は残されません。
「従わない蝦夷」という表現で 討伐されてきています。
ねぶたは 青森 弘前 五所川原 それぞれの土地で
特徴を持つ山車によって 象徴される伝統文化です。

ねぶたは
根の一族と呼ばれる 縄文人を大量虐殺し ばらばらにした死体を
土に埋めて 上から踏み固めた事実を
文化的伝統行事として 存続させています。
俗説では 人形や鳴子で 土地の蝦夷をおびき出して ころした
と言われていますが
おそらくそれは 違います。
あまりにも無残な出来事なので その後脚色して
ねぶたの山車や 鳴子を加えて 祭り感を煽り
土地の人間たちによって
縄文人が蘇らないように 長年そのうえで飛び跳ね 封印させている祭り。
その事実を知っている目で眺めると なんともいえない気持ちになります。
今回は ねぶたの山車にも実際に触れ
鳴子の 鐘や太鼓も実際に打ち鳴らし
ハネコと言われる 飛び跳ねて踊る体験もしてきましたが
確かにこれは 楽しい。
青森の方は 縄文系の方もたくさんまだいらっしゃる土地だと思うし
縄文人の処刑を 祭りの形にして 縄文系の人間たちに存続させているというのも
なかなか 大和というのは えげつない。
死体を埋めたところに桜を植えて 桜を愛でたり
虐殺が行われた土地で 楽しい祭りに姿を変えさせたり
ひところしを実行した場所に神社を祀ったり
人柱を埋めたその場所で 昔し話が出来上がったり
だいたい 伝統文化というものは
生臭い事実を 封印するために 後から美しく捻じ曲げられたものですね。
私があちこち 旅をするのも
捻じ曲げられた歴史に埋もれた側の 人間たちを供養するという
意味に支えられています。