今週は昔話にお付き合いいただきたい。6歳のとき、両親・兄と一緒の家族旅行で名古屋駅から特急しなのに乗った。車内にはチラホラ空席があったが、4人掛けの席を予約できなかったようで、日沖兄弟は両親とは少し離れた2人掛けの指定席に座った。

列車が出発してしばらく経ったところで、70代(?)のみずぼらしい格好の老夫婦が近寄って来た。そして、我々に「僕たち、私たちの膝の上に乗ってもらえますか?」と言ってきた。日沖少年は何のことだかわからなかったが、気のいい兄が「良いですよ」と返事した。日沖兄弟は、それから1時間以上に渡って老夫婦の膝の上に座った。

老夫婦は途中で車窓から見える寝覚ノ床(木曾川の国指定名勝)をわかりやすく解説してくれるなど、優しい人だった。ただ、しばらくして事情が飲み込めて来ると、日沖少年には怒りがこみ上げてきた。

「この老夫婦は、指定席料金をケチったんだな。言いなりになりそうな子供を狙ってタダで座席を確保するとは、何とも厚かましいではないか。ケチで図々しい、とんでもないジジイ・ババアだ!」

 駅を降りてこのことを両親に話したら、父は「まあ人間は歳を取ると、貧富の差が大きくなるし、図々しくなるからなぁ」という意味のことをつぶやいた。

そして日沖少年は、心の中で「せっかくの旅行で指定席料金をケチるような下流老人(という言葉は当時なかったが)にはなりたくない! 絶対にお金持ちになるぞ!」と固く誓った。

こうして日沖少年は、お金に執着する可愛くない子供になった。幼稚園の卒園時の寄せ書き(?)には、「将来サラリーマンになりたい。だってお金がもらえるもん」と書いた。母親はそれを見て黙ってしまった。

16年後、念願かなってサラリーマンになった日沖青年は、最初のボーナスで株を買った。しかし、最初に買った高崎製紙という銘柄は、バブル崩壊でほとんどゼロになった。シンガポール現地法人に赴任中は、同僚が昼はゴルフ、夜は宴会に勤しんでいるのを尻目に蓄財に励んだ。しかし、帰国して自宅を買ったら再び金融資産はゼロになった。

その後、日沖中年は投資と事業がうまく行って、蓄財に成功した。「下流老人にならない、お金持ちになる」という少年時代の目標を達成することができた。自慢話になるので、蓄財の詳細を語るのは止めておこう。

ところで、世界最高の投資家ウォーレン・バフェットは、6歳の時にチューインガムを売る商売を始めて、11歳の時に初めて株式を購入したという。

同じ6歳の時にお金に目覚めた日沖少年とバフェット少年。しかし、現在の財産額は雲泥の差である。才能の差と言ってしまえばそれまでだが、一つ大いに反省していることがある。

それは、日沖少年はお金に執着した結果、出費をケチる方に思考が向かい、財産を増やす方には向かなかったことだ。22歳で株式投資を始めたのは世間的には早い方かもしれないが、本格的に株式投資に取り組むようになったのは、住宅ローンを返済し終わった39歳頃だった。もっと早く本格的なスタートを切っていればと思う。

とはいえ、人生120年だとすれば、日沖老人にはまだ60年近い歳月が残されている。現在96歳のウォーレン・バフェットを目指して、さらに投資に勤しみたいと思う。

(2026年9月14日、日沖健)

 

コンサルティング・研修・講演・執筆のお問合せは下記まで

hiokicon@gmail.com

日沖コンサルティング事務所
http://www.hioki-takeshi.com